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玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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ガンダム Gのレコンギスタのベルリの殺人考察第2部第9話 子ども帰りの安心感

 このシリーズはGレコの主人公のベルリがいかに殺人行為に直面してきたのかっていう、2015年に開催したトミノアニメブロガーナイトでの30分ほどのプレゼンテーションを改めて文章に起こしたものですが。
 トークショーでは省いた話数もあります。この第9話など、直接的にベルリが殺人をしていない、人が死んでいない話は省きました。
 しかし、時間が限られるトークショーとは違い、ここは僕のチラシの裏なので全話書きます。


 ただし、今回は殺人をしてないのであんまり書くことない。


 おそらく、新劇場版ではこの9話「メガファウナ南へ」は省略されるだろう。しかし、だからと言って面白くないというわけではない。(おもしろい)


・本放送の時の感想
nuryouguda.hatenablog.com
 本放送の時の感想と重複することについては極力省く。

  • 子供帰りするベルリ

 連続殺人考察シリーズでの当話は、ベルリ・ゼナムが養母のウィルミット・ゼナムと合流して子ども帰りしていることが重視される。
 この殺人考察シリーズでは全26話を4分割し、6話ごとに分けている。第1部はもちろん第6話でのデレンセンの死だが。その後、7、8話はベルリのリハビリだったと捉えている。そういうわけで、この第9話は憂鬱からニュートラルポジションに戻ったベルリが描かれるわけだが、物語の加速度としては、同じ位置の日常だった第1話よりも、落ち込みから上昇している第9話は上向きの加速度がついている。
 なので、ベルリが第1話と同じような子供っぽい行動をしていても、それはポテンシャルエネルギーとしては異質なのだが、表面的な速度と位置は似て見える。(ややこしい物言いで済まない)


 Gレコは子供向けアニメだと富野監督もおっしゃってる。

僕は『G-レコ』について「大人たちは観る必要がない、子供に見せてくれ」という言い方はしていますけど"子供に見せる"ということは、つまり親が許すということ。それを親が認識するということは、親が入口になるということです。
http://news.mynavi.jp/articles/2014/09/06/tominogreco/001.html


 今回の冒頭のベルリは非常に子供っぽく、女友達のノレド・ナグや知的障碍者ラライヤ・マンディと騒ぎながらメガファウナのブリッジに入ってきて母親に叱られて登場する。


 富野アニメのキャラクターは設定年齢よりも大人びていることが多い。しかし、今回のこのベルリの「子ども同士ではしゃいで親に叱られる」という描写はむしろ高校生相当に設定されているベルリにしては子どもっぽい。特に、親と確執があったり大人になろうと過剰適応して振る舞うことの多かった他の富野アニメの主人公たちに比べると、「親の前で子供っぽく振る舞う」ベルリは変わっている。大人に子ども扱いされないようにする(しかし愛情には飢えている)というのが他の富野アニメの主人公の方向性だった気がするが、今回のベルリは割と子供らしく振る舞っている。子ども同士ではしゃいで軍人の邪魔をするというのは過去のガンダムだと子供キャラの役割で、主人公はそれに苛立つ立場だった。しかも、それを「よそ様の軍艦」と養母に叱られて言われるのはさらに子供っぽさを強調している。
id:adenoi_today さんの同人誌「Gのレコンギスタ備忘録」でも、第3話でウィルがベルリの指の傷を心配することについて

 しかしこの歳にもなればかすり傷程度に親が強く心配するのを、むしろ多少鬱陶しく感じるのが普通ではないだろうか。

と、評している。
 しかし、それはベルリが子供っぽい奴だからだ、というよりは、第6話で唐突に恩師を殺してしまい、実家に帰って顔向けすることもできず、第7話でずるずると海賊船に居残ってしまってジャハナムを運転させられたベルリが第8話で養母と再会したことで安心した反動で子ども帰りしたんだろうな、とも思える。
 やはり元気のGでもベルリはデレンセンを殺害したことで心に傷を負っていると見るべきで、戦場における人殺しの心理学が働いている。7、8話で鬱になりながら受動的にジャハナムを動かしたりラライヤやクリムの尻ぬぐいをしながらリハビリをして、9話では何とか第1話の子供っぽいベルリの段階まで精神的に回復したように見える。
 また、ベルリとウィルミットは養子の関係だと第9話でノレドの口から明かされる。なので、「本当の子供よりも子供っぽく振る舞う」ロールプレイをするのがベルリの処世術なのかも…。と、考えることもできる。



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機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴースト第12巻(完結) いのち

 機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴーストは主人公がオタク眼鏡ということもあり非常に僕の中で大切な作品になった。
 そういうわけで、最終巻は発売と同時に買ったのだが、これまでの11冊を読み返して感想を書こうと思ったところ体調の悪化やGレコの復習などで時間がかかり、その間に長谷川裕一先生はダストを出してしまうという体たらく。


 しかし、読み返して思うのだが、やはり大切な作品になったと思う。機動戦士Vガンダムと同じ宇宙戦国時代を描いた作品だが、Vガンダムと言えば人が死にまくるという評価が多い。僕もVガンダムリアルタイム世代で、これはこれでVガンも大切なガンダムの原体験なのだが。
 クロスボーン・ガンダム ゴーストの最終巻は「命」を力強く描いたと思う。人がコロコロ死ぬVガンダムに対抗するかのように。
 すべての登場人物が決死の戦いの中で生きようとしていて、(生存するというだけでなく死んでも自分の意地を通すという意味でも)命のエネルギーを感じた。
 特に、前巻でキゾ中将の暴力に服従させられた脇役のパーマの髪でメガネの男性が命がけでキゾにやり返していて、感動した。一人一人は脇役でも駒でも戦闘単位でもなく、意識を持って生きている人間なんだっていう当たり前のことを真正面から、時に違う角度から、描いていた。
 戦って殺すことで自分の意地を取り戻そうとしていたキゾは戦争の中での他人の死を当たり前のことだと思い、自分の命も投げ出す。
 逆に主人公のフォント・ボーは命の重さに押しつぶされたり、時にヒロインの命ですら忘れたり、命を軽視するキゾに激怒したり、いろいろと命に向き合う。そして、色々なメカニックの機能でロボット戦闘を盛り上げていた今作だが、最後に爪とヒートナイフで互いのコックピットを削り合うという泥臭い決着を迎えた。
 普通の学生だったフォントが戦争に巻き込まれて、人を殺したり殺されないように頑張ったりするのが特徴的だったこの作品。ジャブローで飛行MSの名も知らぬ戦士を殺害した時に「あのパイロットにも好きな人がいたのだろうか」とか思ったり、敵だったジャックと向き合ったり、殺す相手の命の重さも実感していくのが特徴的な作風だった。
 そんなラストバトルで、ビームではなく実体の剣で生々しく敵の腹をえぐり、互いにコックピットハッチを吹き飛ばされて見つめ合い、殺した実感を体感する。苦い。
 人間も宇宙の摂理に従って弱肉強食をしないといけない、と主張するキゾ。彼は悪漢である。しかし、弱肉強食の論理のキゾを敵として打倒する主人公は悪人を殺して勝つ、だけでは弱肉強食の論理に飲み込まれるだけだ。だから、殺して、その重さを背負う。勝っても殺したことは弱肉強食で正しいなんて思えない、そして、自分も愚かで弱い不完全な人間なんだ、と辛さを飲み込んで反省しつづけることで、弱肉強食を盲信する考えとは決別しようとする。それはつらいことなのだが。
 この宇宙に対する人間の不完全さはVガンダム外伝の頃から長谷川裕一先生のガンダムSFに続いている。
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機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴースト コミック 全12巻完結セット (カドカワコミックス・エース)

 クロスボーン・ガンダムシリーズは面白い。しかし、アニメではないし、原作者の一人だった富野監督は第一作以降降板した。長谷川裕一先生は原作をリスぺクトして様々な二次創作をしてきた人だが、リスぺクトしているからこそ「オフィシャルではございませんぞ!」という自分のガンダムが偽物だと意識しているように見える。
 これはクロスボーンガンダムだけでなくZガンダムハーフなどにも共通している。今作の主人公メカのファントムやゴーストガンダムも正当なガンダムではなく、木星帝国の残党がガンダムやFシリーズを真似て作ったMSがたまたまガンダムと呼ばれるようになっただけの偽物だ。(これはF91Vガンダムとも共通なのだが)ロボットの見た目としてもちぐはぐな装備だったり、つぎはぎだらけだ。そもそも主役メカが幽霊で幻影だ。伝説でもなく風説の類だ。しかし、それでも本人にとって彼らの人生は確かに存在したって思えるんだ。

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新たな進化の可能性 けものフレンズの最終回で泣いた話

 10年もブログをやってたらいつの間にか女子大生に富野ブロガー最大手と言われるようになったので高尚な考察とかしなきゃなーって思ったけど、よく考えたらここは俺のチラシの裏なので思いつくまま日記を書く。
 楽しいアニメを見たよー!けものフレンズの最終回たーのしー!そして泣けた!
 ネタバレはしていくスタイル



  • バトル

 けものフレンズのバトルのテンポがいい所はサクサク進むところです。前回のサーバルちゃんの救出の後、今回の冒頭ですぐにサーバルちゃんの記憶があるのが分かったり、かばんちゃんの記憶があるかどうかも割とすぐにわかるので、無駄に引っ張って視聴者を煽らないのでサクサク見れて楽しー!
 サクサク進むけど、「記憶があるのか」ではなく「最初に話したこと覚えてる?」っていう言葉遣いをする脚本の一ひねりがいい。そして「たべないよ!」の繰り返しで泣くって言う。
 前後するけど、大黒セルリアンとのバトルの段階の踏み方がいい。
 ハンター3人とサーバル、ボスの5人でピンチだった時、セルリアン打倒のために冷静に動くヒグマと、かばんちゃんを取り戻すことにこだわるサーバルちゃんの涙もそれぞれ尊いし。そこにはかせと助手が来るだけでも熱い!でも、まだ勝てない!

 そこにフレンズが大集合してさあカメラが下からぐいっとパンしてタイトルロゴがドーン!泣く。てさぐれ部活もの難民救済。
 王道すぎる…。Gガンダムうしおととらリアルタイム世代なのでラストバトルに全員集合は燃える!

 しかもただ全員集合しただけでなく、個々の特性を生かして組織戦闘をしてるのが滾る!これまでの旅路でフレンズたちの特徴が思い出される!泣ける。
 フレンズによって得意なことは違うから!みんな自分の得意なことで頑張ってる!うーん。けものフレンズっていうか動物はすっごーい!
 と、同時に、今までほぼ1種類1人で微妙に距離感を保っていたフレンズが「群れ」としての強さを発揮してるってのがすごい。
 前に書いたけものフレンズの感想で、「ホモサピエンスがネアンデルタール人を圧倒できたのは、他の霊長類と違って他の動物(狩猟用の犬とか食料と動力源の牛とか馬とか)を家畜化してフレンズにして利用したから」って歴史を述べたけども。
けものフレンズ第1話のサーバルちゃんのすごーい!ビジネスコミュ術100点!! - 玖足手帖-アニメブログ-
 動物はある一定の範囲での2、3種間の共生はあるけど、自覚的な他の動物の利用をできるのはヒトだけなのだけど。フレンズが互いに助け合うと無限のシナジー効果を発揮する新しい群れになるじゃん!
 すげえよ・・・。泣ける…。


①今までのヒトと動物
  ヒト
  利用
 ↗  ↑ ↖
牛  犬  鶏 
 ヒトが一方的に、集約的に他の動物を利用している。ヒトは発展するけど、家畜になれなかった動物は絶滅したりする。


けものフレンズ


 かばんちゃんが中心にいるけど、他のフレンズ同士も助け合い補い合って、フラクタルの渦のような銀河のような相互作用と無限のシナジー効果を!
 これはもう新しい社会だ!
 けものフレンズはかばんちゃんとサーバルの冒険がメインの筋だけど、1話からヒトの持久力を強調したり、その後も人類の英知とか器用さとかメンタリティとかをアピールしてホモサピエンスの発達の歴史を裏テーマとして描いていた。
 で、人間の発達のほぼ最終段階が「クニ造り」とか「社会化」なのだが、それがここで実現したって言う。
 一応分業はビーバーとプレーリーの5話でやってて、ライオンとヘラジカの群れが戦う6話のスポーツ回でも社会化の下地はしてたのだけど。
 じゃぱりとしょかん以降の8話以降は、実は動物の特性よりも個人の性格が強調されていた。(ペンギンアイドルの内面の悩み解決の話とか、ほぼ同種のギンギツネとキタキツネの話とか、推理もののろっじの回とか)
 で、1種1個体が原則のフレンズがここにきて個人個人となって、最終回に再び個人同士の自覚的な結びつきである社会構築、すなわち群れになるのがすごい。
 違う種類の生き物なので微妙に距離を置いて暮らしていたっぽいフレンズたちが、かばんちゃんとの触れ合いによって仲間意識を持つのがすごい。動物が他の多種多様な動物に共感して仲間意識を持つのは、ヒトだけが他の動物を飼いならしている現在の地球よりも乗算的に可能性があって高まる!

あぁ そっか。あれはアニメ作品のタイトルロゴというよりは「今ここにいる、こいつら、みんな"けものフレンズ"だ」っていう、紹介字幕みたいなもんなのか。新しい動物が出る度に名前出てたもんね。

 そういう意味があるんだよなあ…。
 動物がフレンズ化した、動物の擬人化っていうのを一段超えて、「けものフレンズ」という新しい種が誕生した!!!!っていう。新種発生は熱い!進化だよ!
 で、大黒セルリアンと戦う時に攻撃部隊だけでなくて攪乱するマーゲイとか工兵のプレーリーとビーバーとか化学部隊ツチノコとか、分業して戦闘行動してて、これ、シン・ゴジラの顔を隠した自衛隊よりも、個人が個人として独立しつつ協力する美しさがあるんじゃないかなーって。
 そして、群れとしての強さを発揮するけものフレンズの戦いの最後に、かばんちゃんに教えてもらった紙飛行機と火を使うサーバルちゃんで、群れを強調する流れの中で再び二人の関係、友情が高まる!
 そしてボス撃沈!ラッキービーストというロボットの群れの中にいた「あのボス」が個性を獲得するのも攻殻機動隊コラボも相まって泣ける…。群れとしての集団もいいんだけど、個人の旅路の経験とか思い出が魂を作るっていうのも泣ける…。


 これ、なにがすごいって、個人と社会の関係性のバランスがすごい。最近はワンピースとか「仲間」を強調するアニメが流行ったり、教育勅語民族主義が復活しそうな雰囲気だったりしてる。まあ、90年代の個人主義ホリエモンあたりの自己責任主義の反動でもあるのだが。
 テレビのドキュメンタリー動物番組は基本「家族」とか「群れ」、あと狩りと子育てが強調されるがけものフレンズはその1種1体の特徴からそこら辺ができなくて苦労した、というプロデューサーの話を聞いたわけだが。
 従来の動物は「同じ種類だから助け合う」とか「違う種類は食べる」とか、「同じ種類でも求愛のために蹴落とす」とか生存戦略をしてきたのだが。なぜ群れるのかっていう理由は遺伝子が似てるからとか生まれや性質が共通してるからという先天的な理由だった。
 けものフレンズはけものでありながら、「フレンズによって得意なことは違うから」「だから引かれあうの」と、個性を発揮しつつ群れとしての強さを発揮した。すごい。
 仲間だからとか同じ民族だから国のため、と思考停止して協力しているのではなく、個人個人がそれぞれ「かばんちゃんはともだちなんだよなー」という自由意思とかこれまでの後天的な経験、人生の積み重ねで、自覚的に「けものフレンズ」という新たな種を名乗るに至ったけものフレンズの進化尊い…。
 単に「けものが擬人化したキャラ」じゃなくて「けものが助け合うフレンズ」という概念で、今までの種の垣根を越えて発揮される友愛…。しかもその輪に人工知能ロボットも入る…。風の谷のナウシカ並に泣ける…。そりゃあ星野源も泣くわ。だって新しい種、人類の次の文明の担い手であるマン・アフター・マンの発生宣言だもん。泣くよ。


アフターマン 人類滅亡後の地球を支配する動物世界



 また、僕はガンダムオタクなんだけど、特に富野監督の本流のガンダム長谷川裕一先生のクロスボーン・ガンダムシリーズが好きなのだが、ニュータイプとかムタチオンとか、人の進化を描いてきたのガンダム
 ですが、進化と同時にヒトの限界や駄目さを突き付けられるのもガンダム。そして、人類はどうもこれ以上賢くなりにくいんじゃないか?増え過ぎた愚民が資源を食いつぶすんじゃないか?というのもガンダム
 そこで、いったん人類が滅んでやりなおすガンダムXとか∀ガンダムとかGのレコンギスタとかがあるわけだが。
 けものフレンズはそこで、新たな概念を提示したのがすごい。
 「ぶっちゃけ、人類が滅んだ後に地球を支配するのは別に人類じゃなくてもいいじゃん?」というのと、「でも、人類の積み上げてきた文明とか知恵とか成果は無くしたくない」という気持ちを合わせて、「滅んだパークの動物に滅んだヒトの特性を与えてフレンズにして未来を託す」っていう。
 ヒトが地球に生きて金属を製錬したり核物質を濃縮したり機械や設計図を作ったり文化を作ったことは無駄じゃなかった…。ヒトが滅んでも、太古の森や恐竜が化石燃料になったように新たな進化の礎になれるんだ…。(少女革命ウテナ根室教授並感想)
 火の鳥未来編並みに泣ける。

 そういうわけでセルリアンをやっつけるわけだが。溶岩セルリアンは新しい土地になる。古事記にもそう書いてある。


 そして遊園地で祭りが執り行われる。祭りは完全に文明だし社会運営の要だと富野監督も言っている。
 そこで繰り広げられる新たな出会い、新しい料理、漫画。クニウミの神話だったのだな。

  • 感情の流れ

・シリアスになりすぎない
 みんなの力で敵をやっつけたとか、自己犠牲とか、わりと泣けるんだけどキッズ目線ではちょっと道徳の授業の教科書みたいで真面目すぎるかも。そこで、あえてボスを投げる。泣かせるムードだけど、ふざける。
 観覧車は落ちる。
 ジャパリパークはなんだかんだ言って野生なので死と隣り合わせだし、これまでもサーバルは何回も落ちたり撥ねられたりして死にかけてきた。死で笑いを取ってくるスタイルはけものフレンズ特有。実際不謹慎なんだけど、復活の物語なので、「いつ死ぬかわからないし、実際既に大勢死んでるけど、生きているフレンズはたのしく笑い合おう」という、モンスーン気候的な楽観の哲学があるのかも。
 あと、僕もクレヨンしんちゃんとかおぼっちゃまくんとかを楽しんできた世代だけど、子供は「怒られそうな危ないことで笑う」のが好きだったりする。なので、泣きそうな場面でボスを投げたり観覧車がぶっ壊れて死にかけたりするとマジメモードが適度に緩和されてたーのしーって成る。僕も35歳になりましたけど、3話の時点で既にサーバルちゃんがはねられる所を何度もループ再生してゲラゲラ笑っていましたからね。(現実のサーバルは普通に轢殺されます。動物のいる地域ではヘッドライトをつけて前方に注意だよ)
 だから、けものフレンズは子供に見せたいアニメというか、子供の頃に見てたらハマっただろうな、って感じです。まあ、僕の子供の頃は宇宙船サジタリウスとか小公女セーラとかトランスフォーマーとかメモルとかVガンダムとかバーチャル3部作があったので、それなりに楽しかったのだが。
(そういえば、今思い出したけど、Vガンダムが放送開始になった時は小学6年生病だったので「リアルロボットのガンダムトランスフォーマーみたいな子供向け番組を真似てVとか言うのはふざけている!コスモバビロニア戦争をちゃんと完結させろ!」って怒る痛いファンだった。もちろん中一のGガンダムの放送開始の時も「戦場のリアルを描いたVガンダムの後でストIIのパクリをしやがって!」とキレていた。三つ子の魂百までなので、これからも子供のようにガンダムやアニメを見ていきます)


・信頼、愛
 ジャパリパークの施設が朽ちていたり、B-2爆撃機が無慈悲に墜落していたり、砲弾が転がっていたり、けものフレンズのこれまでの流れでは「パークを亡ぼしたりセルリアンを呼び込んだのは人間なのでは…」という文明への不信感や原罪みたいなのもあった。
 でも、人が積極的にセルリアン対策をしてくれてた、と事実はともかく認識では、フレンズが思ってくれて、フレンズが人を憎からず思ってくれてよかった。
 ミライさんの生存の可能性もあって安心した。
 人が絶滅したのではなくてあえて干渉してないだけという可能性もあってよかった。
 よかったよーーーーー!
 突然の死で笑いを取りに行くスタイルもけものフレンズのたのしいところだが、じわじわと忍び寄っていた死や不幸の匂いを信頼と性善で安心に変えてくれる最終回は泣ける…。よかった…。
 ヒトがそんなに悪い動物じゃないと思ってもらえてよかった…。(セルリアンとサンドスター発生の謎はあるものの、まあ、そこはそれ、ファンタジーだから。大事なのは感情の流れと落ち着きどころだから)
 「けものフレンズ」という新しい種の中でも「ヒトのフレンズ」は他のけもののフレンズと同じく大事に思ってもらえてよかった…。

  • フレンズとヒトの交換

 前回、かばんちゃんが木登りを成し遂げたわけだが。今回の最終回ではサーバルちゃんが火と紙飛行機を使った。
 動物がヒトの特性を得たのがフレンズなのだが。ヒトの頭脳をけものと合わせたときに新しい進化が発生するというマジンガーZやゲッター線みたいなものだが。
 かばんちゃん、セルリアンから出てきた後、ヒト化したというよりフレンズ化してるよね。靴下や手袋が自己再生しているとか、明らかに衣服じゃなくてフレンズの毛皮の再生だし。キノヴォリやジャンプ力ぅ…も明らかに人間のレベルを超えている。
 まあ、フレンズは野生開放したら謎の光とパワーが出るけど、ヒトのフレンズのかばんちゃんも普通のヒトよりも強くなってる。フレンズはヒトの特性を得たけど、かばんちゃんもフレンズの特性を得ている。
 これは普通のヒトである僕から見るとかばんちゃんが遠くに行ってしまったみたいでちょっと寂しい。
 しかし、ヒトが万物の霊長として一方的に動物に叡智や能力を与えるのではなく、ヒトも動物から得るものがある、という平等性とか、けものの輪の中に人間もいることの象徴的な描写だと思っておきたい。ヒトが一方的に動物を利用するだけではなく、動物とヒトがフレンズとして何かを交換し合えて影響し合えたらさらにすっごーいことができそうかも!テラフォーマーズ並みに強い。(実際の進化でもウィルスによってDNAの断片を他の種が交換することで変異する説がある※遺伝子の水平伝播を参照)


 対してサーバルちゃんたちがかばんちゃんの手助け無しにバスを水上船に作り替えるのも、けものがヒトの知恵を得たことなので。情報の共有と新たな価値の創造。シリコンバレー並みに知の集積クラウズがあって見習いたい。
 だからヒトと動物のどっちが偉いとかじゃなくてやっぱりみんなフレンズなんだよ!


 そして新たな海の向こうでも楽しいことやおいしいものがあって、新しい友達と出会って進化は続いていくんだ…というスタートレック並みのフロンティア精神!
 ラスト1秒まで完璧に「出会い」と「生物の進化」というテーマを描き切っている…。
 しかも続けようと思ったらいくらでも続けられるしな。動物、実際たくさんいるし。ポケモンも20年やってるし。
 まあ、でも、実際続くかどうかはともかく、「けものフレンズ」というアニメはこういう「なかよし」「協力」「交換」、そして「進化」という、行き詰った人類文明の社会や現実を見るだけではなかなか難しい「希望」を動物の力を借りて描いて、すごく爽やかでおおらかな満足感が味わえる作品だった。すっごーい!
 「現実なんてこんなもんだよ」ってついつい大人は言ってしまいますが、そんなのもヒトという一種類の動物の社会の記録の一部分を見てるだけじゃん!この星にはいろんな動物がいて、助け合ったらもっといろいろ新発見ができるかもしれないじゃん!だから前を見ていつまでもどこまでも走るよ!
 っていう友愛と希望な。泣ける…。いい…。

ぼくのフレンド

ぼくのフレンド

  • まとめ

けものフレンズ」を新たな種の名前として見た場合、僕は進化の概念にパラダイムシフトを起こした。
けものフレンズ」のフレンズは単に「動物女の子」の言い換えに過ぎないかと思っていたのだが、「友情による新たな種や社会の構築」とか「他種の交換による相互進化」という壮大なテーマを内包したいい言葉だなーって思った。


 けもの・・・マイフレンズ・・・

  • アニメの最終回として

 全員集合からのタイトルロゴと主題歌のバトルを8分で終わらせて、エピローグのパーティーをやった後に、新たな旅立ちと泣けるED2番と突然の死ギャグと再会と新たな出会いを盛り込むスケジュールコントロールがすごい。
 エピローグをナレーションで済ませることが多いアニメが目立つ昨今。
 いやー、やっぱりアニメの最終回は燃えと安心と友情と勝利と努力の成果と新たなる希望が盛り込んでこそやで!うーん!いいアニメを見たなーっ!
 サーバルちゃんがバスに轢かれる時からこのアニメを今期1応援してたけど、まさかこんなに流行るとは…。でも僕は別に流行ってるから見たわけではなく、面白いものを面白いというだけだ。本当は他のアニメも(ACCAとか落語心中とか)面白いものについて書きたいけど、書いてると寝る時間が無くなるのでけもフレについて今日は3時間書いた。


 まあ、新作の情報もあるものの、たつき監督以下スタッフの人は激務で放送を見ることもできなかったらしいので、今はとりあえず売れたお金でゆっくり休んで豊かになっておいしいものをたくさん食べてほしい。

ようこそジャパリパークへ(PPP ver.)

ようこそジャパリパークへ(PPP ver.)

ようこそジャパリパークへ

ようこそジャパリパークへ

宝塚富野由悠季×高橋良輔対談で国際政治の話を聞いた


12日に宝塚市の主宰で催された対談を聞きに行ってきた。
レポート記事を読みたい読者の方もいたかもしれないのだが、僕も花粉症からの風邪、うつ病デレステなどでブログを書く時間が取れなかった。早坂美玲SSRを持ってるから∀nswerイベントを盛り上げたいんじゃよー。



菰田将司氏のレポートはこちら。
note.mu
note.mu

 富野監督の話し方は独特なので、細かい言い回しのニュアンスの違いなどもあるが、ダイジェストとしてはこれでよかろう。
matome.naver.jp
シャア専用ブログさんはTwitterではレポートしてたけどブログには載せないのかな。



 で、今回話題になったのは「富野ファンになるのは辞めてください」というお言葉。

Q、創作のエネルギーの源は?

富野 貧乏症で生真面目なだけです。

高橋 今の日常に憧れていたんですが、それができるようになったのはアニメのおかげです。そういう生活を先にしていた先輩たちが、最近亡くなられてきている。自分もあと何年、と思っているが、後輩がやりましょう!と言ってきてくれるのがモチベーション。

富野 羨ましい。自分には怖くてできない。私は机の前から離れられないから。

高橋 ここで机の前に座っていられるあなたが羨ましいって言えばいいんでしょうけど、私はあなたが羨ましくないね(会場、爆笑)。

富野 生真面目にいいことはないです。みんな、富野ファンなんか絶対にやめてください!その生真面目さが持っている狭さというのは本当に怖いのですから。世間に出ていろんな人たちを見てください。
2017年3月12日手塚記念館トークショー「虫プロの遺伝子 ~ロボットを創った男達」後編|菰田将司|note

 生真面目で視野が狭いマニアが危険だというお話。マニアが危険なのはVガンダムの頃から口を酸っぱくして富野監督が言ってるので、まあいつものことなんだが。
 富野監督は広い世間を見てほしいという話。まあ、若い人は頑張ってほしい。僕はもう若くないし過労で世間の荒波に疲れたので精神障碍者としての余生なのだが。
 まあ、僕は富野監督のアニメが面白いなーって思っているだけで、生真面目なのかというと自分ではよくわからない。他人からは真面目だとよく言われるが、2週間も講演会の感想を放置してたし、書かなくてもいいかなーって思っていたのでファンとしてはそんなに真面目ではない。
 富野ファンを辞めろと言われても、面白いものを面白がるのを辞めるのは難しいので、本気で富野ファンを減らしたいと思ったらつまらない作品を作ってください。Gレコは面白かったです。


 また、富野監督は視野の狭い信奉者のファンは辞めてくださいというが、結びには「今日話したようなことを、お互い気を付けて、死ぬまでは元気にいたいと思っていますので。簡単にへばるなよ、ということです。僕も痛み止めを飲み続けるような体になってしまって病気には勝てないという実感を持ちつつ、野垂れ死にするのかというと野垂れ死にはしたくないので。皆さんがたの応援があるから生きていける」というお礼はおっしゃっていたので、応援はしていいと思う。富野監督が絵コンテの作業中に野垂れ死にしてスタッフに迷惑をかけない程度に課金をしよう!


 で、このイベントは事前に参加者からの質問を募って、対談の後に5つくらいそれが採用されて質問に答えてくださった。
 また、この対談の流れも司会者の方が両監督に質問をしていって進行する形だった。


 もちろん僕も質問を送ったのだが、結論から言うと採用されなかった。
 そんな僕が送った質問とは?
 CMの後で。

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