玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


          Sponsored Link Google AdSense 広告

ベルリの殺人考察第2部第12話 後編 情報量が多すぎる解説

 前回の殺人考察!ガンダム Gのレコンギスタ第12話「キャピタル・タワー占拠」Aパート
nuryouguda.hatenablog.com
 今回はBパートのベルリの心境の解説を行う。


 しかし、前回は私の力不足もあり、Aパートのみの解説であった。しかし、待ってほしい。そもそもこのアニメは情報量が多すぎる。というか、1話でやる内容じゃないよね。


 「キャピタル・タワー占拠」がサブタイトルなんですけど。キャピタル・タワーを占拠するサラマンドラを旗艦としたアメリア軍と、それを襲うマスク部隊の戦いは24分中、Bパートの序盤の16分で終わる。EDと予告が2分。なので、後半6分は占拠されたキャピタル・タワーの頂上のザンクト・ポルトG-アルケインと縛られたG-セルフが侵入して、そこで各国の首脳が対話して、その時に謎の勢力からの砲撃が戦艦を撃沈する。


 つめこみすぎ!占拠だけの内容じゃなくて占拠された後に侵入とミーティングと事故など、色々起きてる。


 ワンピースほど希釈しろってんじゃないけど、G-セルフの見せ場がアサルトパックの戦闘シーンと縛られたサスペンスシーンの2回もあるのは多すぎないか?Gレコの次のテレビシリーズのガンダム鉄血のオルフェンズはMSのアクション描写がない話が半分くらいあるのに。


 いや、普通のアニメだったらザンクト・ポルトが落ちたところでいったん区切るだろ…。なんでオルフェンズが4クールも枠をもらえたのに、ワンピースは20年やってるのに、Gレコはたった半年なんだよ!金星行ったんやぞ!
 まあ、愚痴ってもしょうがないんだけど。 


 でも、一応、ザンクト・ポルト陥落をそれほど盛り上げないのにもちゃんと意味があることを説明しようとは思う。


 では、とりあえずAパートの続きから

 まあ、マスク部隊のフォトン・アイミサイルはベルリのG-セルフのアサルト・パックの砲撃で落とされるんですけど。





前半Aパートでベルリはフォトンミサイルを撃つ際に、





モビルスーツは沈められなくても!」と言うのはベルリが「モビルスーツは殺したくないけど、撃ち合っているミサイルの攻撃を止めたい」と思っている願望の言い換えだと思うのだが。
「後は大変かもしれない」という彼の懸念が注目ポイント。何が大変なのか?
 これは彼の性格をかなりはっきりと表している。と言うのは、富野作品、ミノフスキー粒子下でのMSの運用の戦術を考えればわかる。
 つまり、西部劇やスナイパー映画と同じで「撃てば相手に自分の場所が知られて反撃される」と言うことです。レーダーを無効化したミノフスキー粒子散布環境下でビームの狙撃をするということは、光っている自分のビームの座標に向けて反撃されるということです。これはVガンダムでも描かれていた。
 ベルリは人を殺したくない。敵の部隊を殲滅するのではなく攻撃だけをやめさせたい。今回はたまたまマスク部隊も同時にフォトンアイミサイルを使ってくれたので、それを横合いから撃ち落とす形になって攻撃の妨害行動は出来た。
 それでは、ベルリが何が大変だと思っていたのかと言うと、もちろん「自分の位置がバレて、反撃する敵に狙い撃ちされて、それを回避したり迎撃すること」が大変だと思っていたわけです。
 キングゲイナーブラックメール作戦みたいな。
 ベルリは天才だし最強の能力と機体を持っているので、自分がダメージを負うことはあまり問題視していない。また、他人に奉仕するのが好きな性格で他人を殺すことが嫌いなので、自分が反撃されて大変になるかもしれないという予想はできても、それは許容範囲内になるわけです。自分は最強のガンダムで何とかなると思っている。(これは終盤でラライヤに突っ込まれる)
 まあ、ここらへんの自分が攻撃されることをリアルにイメージできない痛みを知らない若者としてのベルリの自己犠牲、奉仕の精神はキャピタル・タワー運行長官の養子としては我欲の無い美しい姿かもしれない。天才パイロットとしては敵を殺さずに自分を攻撃させる戦い方は、自信と実力を伴った高貴な騎士道精神かもしれない。

 と、ベルリは自分が反撃されることを覚悟してフォトンミサイルを撃った。しかし、ベルリが想像したようにはマスク部隊とサラマンドラ部隊は動かない。
 



 マスクの軍艦サラマンドラへのミサイル攻撃に激怒するクリム。クリムは戦士なので、MSの戦闘ではなく母艦を長距離攻撃するマスクを汚いと罵る。クリムは割とたくさん人を殺すひどい奴なのだが、ミノフスキー粒子を散布した状況での有視界戦闘のMS一騎打ちが本筋らしく、長距離戦闘は汚いと思っている。



 マスク部隊はフォトン・アイ・ミサイルがG-セルフに妨害されたことを悟る。しかし、G-セルフには向かわない。



 マスクは前回のこともあって飛び級生を憎んでいるが、飛び級生のベルリを殺すことだけを考えているわけではない。前回はG-セルフを拿捕することが名誉だと思っていたが、今回の作戦はザンクト・ポルトの占領が目的だ。だからG-セルフが邪魔したことは分かっていても、G-セルフには向かわずに軍艦サラマンドラを攻撃しに行く。これは、ミノフスキー粒子散布の状態でG-セルフのアサルトパックのことがマスクには見えないことも一因かもしれない。長距離ミサイルは届くが、視認はできないし、レーダーも使えない。なので、アサルトパックの戦力はマスクには不明。そのため、一回だけミサイルが迎撃されたと言っても、能力が不明のG-セルフを迎撃するために転進するよりは、フォトン・アイ・ミサイルが失敗したとしても当初の目標であるサラマンドラに突撃する判断になる。もし、ミノフスキー粒子がなく、レーダーや長距離観測装置でアサルトパックが一回だけでなく何回も長距離攻撃を行う大砲やミサイルを持っていると、マスクが見ることができたら、また判断は違うかもしれない。しかし、見えない敵を相手にして部隊を分割して挟み撃ちにされるよりも、直進してザンクト・ポルトを占領するためにある程度予測がついているサラマンドラ部隊との交戦をマスクは選ぶ。
 この判断がベルリには分からない。ベルリはやはり戦略においてはまだ素人だ。ベルリは自分の目でアサルトパックがすごいということを知っているので、敵もすごい自分に反撃しに来て、ザンクト・ポルトへの進行を諦めるのでは、と半ば願望も入り混じった気持ちで考えていた。しかし、マスクはアサルトパックの存在を知らないので、一回だけミサイルを妨害する何らかの兵器、としか認識していない。

続きを読む

ギラ・ドーガはなぜアクシズを推したのか?

 密会を読んだ程度で逆シャアの話までするのは飛ばしすぎなのだが。9月に富野監督が奈良映画祭に来るというので逆襲のシャアを映写機で見た。そこで感じたことを書く機会がなかったのだが、昨日のシャアの記事のついでに書いてしまう。
 本当はGレコの考察をしなければいけないのだが。


 この問題は非常に根深く、長年、色んな人が何回も疑問を呈している。
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp
detail.chiebukuro.yahoo.co.jp
 いろんな意見がある。


 自分の意見としては9月に逆襲のシャアを見た時に感じたことと、さっき密会を読み返して感じたことを書く。
 前項(長い)

nuryouguda.hatenablog.com
 最重要な102Pの人間の4類型、アムロララァとオールドタイプとシャアに戻る。
 包容力のあるアムロに、差別されたララァは同一化した。オールドタイプは自らの安逸にしか興味がない。シャアは知恵と狂気と肉体を持った人!


 シャアは単に現実主義者で肉体を使って戦う戦士であり、究極的に自分しか信じていない、いや、自分しか世界にいない人間なのではないだろうか。これは雑に言うとサイコパスなのだが。
 大衆としてのオールドタイプは経済格差や社会システムの搾取によって、他者との利害と言う関わり合いによって安逸を手に入れようとする。自分は大した力も持っていないくせに、テレビや新聞やツイッターで他人のうわさに汲々として足の引っ張り合いをして自分だけは助かろうとする、蜘蛛の糸カンダタレ・ミゼラブルのテナルディエのような人間が我々大衆です。社会システムに依存したこそ泥です。
 しかし、戦士は大衆ではない。戦士は知恵によって動物以下の利己的な行為を正当化する。戦士にとって確かなものは自分と、肉体と、道具と、経験と、現実しかない。戦って獲得する、それだけだ。だからシャアは強さを手に入れた。
 アムロララァのようなニュータイプは意識によって分かり合えた。しかし、それはイメージの密会に過ぎないのではないか?
 そういう関係に対する対になる極として、「自分の肉体と現実」だけで戦うロンリー・ソルジャー、シャア・アズナブルをキャラクターとしておくのは創作術としても自然なことだ。


 シャアは現実的な経験として自分が「良い」と思ったものは「良い」と分かる能力はある。
 それがシャアの強さだ。物事の本質を理解する、と言う面でのニュータイプだ。

 だが、脆さでもある。
 シャアには自分しかいない。もしかしたら、世界が平和だったら、他の人間がもっと優しかったらシャアもアムロのようなニュータイプになれたかもしれない。だが、シャアは殺して生き延びるしかない戦士だと自覚する経験しか、現実社会で得られなかった人だ。シャアにとって世界の本質とは殺し合いと戦いでしかなかった。


 しかし、現実が殺し合いでしかないとしたら、殺して勝つ、それは正しいものの見方だ。

 で、ネオ・ジオンの参加者は元ジオン軍ティターンズや難民や軍人崩れが多い。地球連邦の社会から疎外された人たちだ。だから彼らはシャア・アズナブルを頼る。大衆の中から生まれた一般人でありながら、ララァのように地球連邦社会の大衆から排除された人々。そして、その中でもモビルスーツギラ・ドーガパイロットをやるような奴はシャアの縮小コピーのような戦士だ。
 彼らもシャアと同じく社会から殺され、敵を殺すことで生き延びることが現実だと経験して戦士になっていった。その時代の絶望的な状況は地球で殺人アスレチックを兼ねたマン・ハンターをする地球連邦の役人や、コロニーの軍事基地に自爆テロを敢行するネオジオン万歳、シャアが引責を落とすからと言って野盗に落ちる香港の庶民など、映画の劇中で点描されている。
 シャアの縮小コピーの代表の一人がギュネイ・ガスであるが、彼も「コロニー潰しで家族を亡くした」という現実の不幸を味わい、「シャア以上のニュータイプになる」と強さを求めた。
 彼らはネオジオンと言う組織に属しているが、所詮は難民の烏合の衆。彼らはシャアと同じく、一人の戦士でしかない。レズン・シュナイダーのように。排斥され世界に絶望し、世界に自分の力以外に頼るべきものを見出せなかった人たちだ。
 だからシャア・アズナブル総帥は一人の戦士としてサザビーで突出し、難民のための政治よりもアムロとの個人的な決着を優先したが、ギュネイやレズンや、ナナイでさえもシャアのためではなく自分のために動く「個」なのだ。ジークジオン!と全体主義的な儀式をしているが、実は彼らはみな孤独な魂なのです。だから寂しい人たちが寄せ集まっているのがハマーン以降のネオジオンの実態だ。(二次創作の袖付きのことは考えない)
 だからと言って、地球連邦の既得権益という社会の生ぬるいつながりの中に運よく席を持つことができて、難民を排斥してのうのうと暮らしているアースノイドの大衆が正しいというわけではない。
 だから、地球の中に居場所を見つけられなかったクェスはシャアを求め、ハサウェイのような健やかな家族を持った奴を潰さないとたまらないのだ。
機動戦士ガンダム 逆襲のシャア
機動戦士ガンダム 逆襲のシャア [Blu-ray]

続きを読む

ガンダム密会・肉体派NTシャア・アズナブル論

 また「密会 アムロララァ」を読み返していたのだが、ニュータイプの描写で非常に納得のいく記述があった。それはアムロとシャアとララァとオールドタイプについての設定である。非常に端的にそれぞれの人々の性質を述べている。
 そして、またこれは富野監督の最新作のGのレコンギスタクンタラの差別やシャアの尻尾としてのマスクや主人公・ベルリ・ゼナムの描写にも同じ著者の思想として通じるものがある。
 それで、そこで感じたことを現在進めているGレコのベルリの殺人考察に引用しようかと思ったのだが、そのニュータイプ論を入れられるのは第23話「ニュータイプの音」なのだ。現在は第12話の考察を書いており、一話あたり1か月以上の執筆時間と言う遅筆なので23話までたどり着くまでに発想を忘れる危険性がある。
 なので、今回の着想はGレコとは別にファーストガンダムのシャアとアムロララァについてのコラムとして書いておこうと思う。


 では、その問題の個所を引用する。


 と、思ったが、このブログを読みに来るような人は当然「密会」を所有しているわけなのでわざわざタイピングをする必要はないと思う。
 今回、最重要な個所は角川スニーカー文庫版102p8行目から103p14行目までである。


 えっ?まだ密会をお持ちでない人がいる?買いましょう。

密会―アムロとララァ (角川スニーカー文庫)

密会―アムロとララァ (角川スニーカー文庫)

 これがダイレクトマーケティングだ!(Kindleもあるよ)


 (この記事は一万二千文字あります)

続きを読む

ベルリの殺人考察第2部第12話 前編 分かりにくさの解説

 久しぶりの考察だが、頭の中ではできている。富野由悠季監督は誕生日や国境を越えても劇場版を作っている。ならば僕もテレビ版のベルリを解説しようとする。劇場公開に間に合うのか?
 今回は第12話「キャピタル・タワー占拠」を考察する。第二部終盤です。


 才能がないので、バンダイチャンネルを見ながら順番通りに書く。皆さんも見返しながらこの文章を読んでほしい。


前回11話の殺人考察
nuryouguda.hatenablog.com


放送中に書いた12話の感想
nuryouguda.hatenablog.com
 放送中の感想は3回くらいしか見てない状態で書いたので、今見ると間違いも多い。意見が変わった部分もある。でも書き直すのは面倒だし、当時の記録として残す。
 とりあえず、ベルリの心情の不安定度合いを画面の斜めの角度の変化で描いていたのではないか、という目の付け所は自分でも悪くないと思っている。




  • アサルトパックに対するベルリの心情の揺れ

 冒頭、アサルトパックに包まれているのはG-セルフが嫌がっている、とラライヤ・マンディが言う。
 それに対して、ベルリは自分もアサルトパックでG-セルフ武装することには反対だ、と平和主義っぽいことを言う。

 なのだが、技術士官のハッパ中尉が「次の戦闘は長距離戦になると思う」という話も聞く。

 機動戦士ガンダムアムロとモスク・ハン博士の関係にも似て、富野アニメの主人公は技術に対する興味が強い。∀ガンダムのロランも機械に強かったし。ベルリはキャピタル・ガードモビルスーツ乗りを目指していたのだし、技術論を大人と話すことは好きな優等生だ。モビルスーツは接近戦用の兵器だけど、それを長距離戦闘に運用することはどうか云々と話し合うことで、ハッパ中尉との心理的な距離が縮まる。


 大陸間戦争というGレコの本編では描かれていないが、どうやら大西洋を挟んで十年もアメリアは戦争をゴンドワン大陸としている。それはかなりひどい事のようなのだが、ハッパ中尉はあまり普段は悲壮感を見せない。悲壮感を見せないのだが、やはり正規軍ではなく偽装海賊軍のメガファウナに配属されて、という所に忸怩たる思いはあるようだ。それでも自分の技術を生かして仕事をするし、最新技術には興味がある。
 もしかしたら、ハッパさんには第二次世界大戦の時に日本軍のパイロットスーツを作っていた富野監督の亡くなった御父上に対する再評価の気持ちがあるのかもしれない。風立ちぬの影響かもしれない。また、ハッパ中尉はアメリア軍の軍人だが中華系の顔立ちの人種だ(キャラクターデザインワークスにも中国系と明記)。なので宇宙世紀の千年後のアメリア帝国がどの程度白人至上主義なのかは分からないが、生粋のアメリア人ではなく移民で、天才技術者なのに海賊船に配属されて差別されているのかもしれない。
 脇役ながら、こう言うちょっと複雑な過去を持ったハッパ中尉だが、独り言の愚痴をベルリに中途半端に聞かれると、

 「貴様に守ってもらいたいんだよ!」
 とBLみたいなことを言う。
 で、ベルリは

 「読んでおきます!」


 と、ジブリアニメの主人公がすごくやる気を出したときみたいな顔でアサルトパックのマニュアルを熟読してアサルトパックを使いこなすぞ!という意志表示をする。
 ベルリはキャピタル「ガード」の候補生なのでとにかく「人を守る」ということに対してモチベーションが高い。
 あと、ベルリの母はキャピタル・タワーの運行長官で世界中にフォトン・バッテリーを配給する仕事をしているが、それは完全に非営利。ただひたすら人類を延命させるための公共事業であり、技術を発展させて収益を上げる経済成長はタブーになってきた歴史がある世界。Gレコの劇中世界観ではヘルメスの薔薇の設計図の流出で経済成長が千年間抑えられてきた世界が、急に産業革命を起こして宇宙戦争をやってまで利益を奪い合う戦争を各陣営がやり始めた、って言う背景がある。なので、アメリア軍もキャピタル・アーミィも、そのほかの勢力も自分たちの利益拡大を目指して行動している。
 しかし、ベルリだけは違う。ベルリは非営利公共事業でベーシックインカムの電池を世界中に配る母・ウィルミット・ゼナム長官の養子になって、無償の愛情を受けて育った優等生。才能もあるし自信もある。コンプレックスや他人に対する利害の意識も薄い。なので、他人と戦って利益を得ようって言う考えが毛頭ない。スコード教の配給社会で育っているので、現実の視聴者と違って、資本主義という概念を持っていない。(アメリア帝国は資本主義になりつつありそうだけど。トワサンガは貴族社会っぽい)世界一のエリートでベーシックインカム配給事業の長の母親の仕事を助ける良い息子であろうとしているので、彼はどの陣営かどうかにも関係なく、「全人類の福祉に貢献したいし、人類を守りたい」という正義感を持っている。
 これはガンダムSEEDキラ・ヤマトとかともちょっと違って、「親しい人や大切な人を守りたい」ではなく、「とにかく全人類の最大幸福のために守る」という思想。これはFate衛宮士郎に匹敵するヤバさ。ベルリはエリートなんだけど、パプティマス・シロッコとかとも違って、エリートだから自分の才能で人類を好きにしていい、という独善ではなくて、エリートだから自分の才能を人類のために最大限使うべきだという滅私奉公の公僕官僚としての意識が高すぎる。アルトリア・ペンドラゴンや天草四郎に匹敵するヤバさ。



 なので、ベルリは大好きなアイーダさんとノレド・ナグが中途半端に記憶を取り戻したラライヤから宇宙服を脱がせるところでもアサルトパックの説明書を熟読している。ハッパ中尉やメガファウナのみんなを守るためだ。ベルリの行動原理はみんなを守りたい、と同時に「大好きなアイーダさんの尻を追いかけたい」というのがあるんだが、大好きなアイーダさんと同じ部屋にいるのにマニュアルを読んでいるというのは、ベルリが如何にアサルトパックの習得にやる気を持っているかの証拠です。

続きを読む