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玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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ガンダム Gのレコンギスタのベルリの殺人考察第2部第10話 愛の悪咲く思春期

 Gレコ第10話「テリトリィ脱出」の感想です。この殺人考察シリーズでは、主にベルリがどんな気持ちで戦ったり殺したのかを映像に即して考えている。そして、やはり大きいのは6話の戦闘で、789話をかけてベルリはリハビリをしていると見た。
 前回、9話の感想で
ガンダム Gのレコンギスタのベルリの殺人考察第2部第9話 子ども帰りの安心感 - 玖足手帖-アニメブログ-

 親や教師の下で安心して子供をできる、というのは恩師を殺してしまった後のリハビリとしては非常にいい安定剤になったのでは。

と、書いた。


 しかし、「親や先生が子供を見守ってくれているから社会は安心です。めでたしめでたし」では、少年ロボット戦闘アニメであるガンダムを作る意味はないのだ。なので、親や大人も不完全で社会には悪があるのだ。それに立ち向かう少年も、もちろん間違うことや躓くことはたくさんあるのです。
 なので、今回は社会的な悪が描かれる。


 本放送の時の感想
nuryouguda.hatenablog.com

 本放送の時の感想では主に荒木哲郎の絵コンテ演出の痛快ロボットプロレスアニメとしての楽しさを中心に述べた。
 今回は最終回を見てから全体を俯瞰してベルリの心の動きを描いていくのが目的だ。

 本放送の時の感想でも述べたが、10話はGレコには珍しく敵がはっきりしていてロボットプロレスとして敵と戦う、という構図が分かりやすい。

 今回の敵役のベッカー・シャダム大尉は顔も口調も荒々しく、悪い奴に見える。

 ナチスみたいな集会をして出陣式をして、


 議会や首相と陰謀を巡らせて、

 昔のロボットアニメの化石獣のようにアピールをして出撃する。ロボットプロレスアニメの悪役って感じだ。


 右傾化する軍国主義に傾く国家は手塚治虫の流れをくむ戦後日本のアニメでは悪役として描かれることが多いので悪役っぽい。



 ベッカーはメガファウナのブリッジに脅しをかけてきて怖い。


 ベッカーのウーシァはヒロインであるアイーダの乗るG-アルケインに関節技を仕掛けて翼を折るし、アイーダをヒロインピンチに追いやるので悪役っぽい。マジンガーZのアフロダイAをいじめる機械獣みたいに敵っぽい。


 そんな敵に対して、新兵器の高トルクパックの整備が完了するまで待ちわびて出撃したG-セルフに乗るベルリは主人公。







 ベルリのG-セルフはすごいパワーで敵を撃破するけど不殺の戦法で敵を無力化する。正義っぽい。


 そして、天才のベルリは高トルクバックパックを分離させて囮にするという機転を利かせて


G-アルケインと協力して、



正義のパンチをぶちかまして、勝つ!痛快!




 悪いベッカーはワニの罰ゲームになり、ベルリは姫を助けることができた。よかったよかった。


 と、非常にわかりやすい悪を倒してヒロインをゲットするサクセスストーリーの構図になっている。なので、エンターテインメントとしてとても分かりやすく格好良く楽しい。


 …
 ……
 ………
 …しかし、Gレコは本当に単純な勧善懲悪だろうか?そんなことはない。今回は分かりやすい戦闘ロボットプロレスアニメに見えて、実はGレコの全体から見ると、やはりベルリの殺人に対する心の動きを描いている。
 そもそも、ベルリはデレンセン教官を殺したことでショックを受けたが、ベッカーとデレンセンはキャピタル・アーミィーの同僚でもある。今回、G-セルフのパンチとキックはベッカーを殺してはいないが、エアバッグが故障していたリ一歩踏み外したらベッカーは死んでいた。デレンセンはいい人そうだしベルリの教官であり知人なので、殺してショックを受けるわけだが、だからと言ってベッカーに暴力をふるっていい理由にはならない。
 殺していい相手と殺してはいけない相手の暴力をふるう区別というのを無意識につけているベルリが描かれているのだ。

「不殺主義」を思わせる台詞の数々だ。そもそも以前から(具体的に言えばデレンセンの死の後から)ベルリは元々戦闘時には極力コクピットを避けるように敵MSを攻撃していた事は視聴者には(ある程度注意深く見ている人なら)分かっていた事だ。それを今話になって急に宣言するかのように台詞で強調するようになったのには違和感が無いでも無い。解釈するのであれば、前話で勢いに乗って「ひとつ!」「ふたつ!」とアッサリ人殺しをしてしまった反省の意として、自分に言い聞かせていた、というのが妥当な所であろうか。
 しかしこうしたベルリの台詞とは裏腹に、「死ぬな!」という言葉と共に放たれるGセルフの攻撃によって、画面上では驚く程サクサクと人が死んでいく。そしてさらに驚く事に、その事自体にベルリはほとんど動揺した様子が無い。一見矛盾しているようにも見えるかも知れないが、そこにベルリなりの戦場での倫理ラインが薄らと見えて来る。
 ベルリの言動をよくよく咀嚼すると、ベルリは何が何でも人殺しはしないように戦うという意識ではなく、「なるべく殺さないように頑張るけど、死んじゃった時はしょうがない」程度の緩めの不殺主義に過ぎない事が分かる。
d.hatena.ne.jp

 細かく見ると厳密には、あでのいさんはそうおっしゃっているわけではないのだが、ベルリは不殺だと言われることが多い。



今になって1期第3話の三日月による射殺シーンに湧いていた我々に疑問符をつける人等もいるようだけど少なくとも僕は心のそこからあのシーンを見た時嬉しかったね。 今までやら撃ちたくない、殺したくない喚く主人公に嫌気が指してたから楔を打ち込んんでくれた感じがあって今でも大好き
@KINJOnoONI

じゃあどうするか、どんなモノが見たいかを悩んでた時に鉄血があって、三日月・オーガスが違和感と目障りさを一気に吹き飛ばしてくれた。
Gレコのベルリの色々振り回されつつも戦い、そこで成長するっていうのがスタンダードだとすれば三日月のソレはタブーだったモノを一気にやってくれた感じ


 確かに若いアニメファンから見ると富野由悠季のような鉄腕アトム中盤世代の演出家は老害に見えるし、鉄血のオルフェンズの方が反骨心のある若者の代弁者のように見えるかもしれんが…。
 しかし、本当にGレコはスタンダードだろうか?僕にとってスタンダードな演出家は井内秀治監督とか佐藤順一監督であり、富野ファンだけど富野監督はやはり邪道だと思っている。だから若いアニメファンがガンダムを正当なアニメだと思っているのはちょっと不思議だと思う。ガンダムは確かに仮面ライダーウルトラマンと同じくらいの市場をバンダイ社内で獲得しているIPだが、ガンダムを作った富野監督は邪道な面も多く持っている人なので、そんなのを日本代表のロボットアニメの代名詞のスタンダードナンバーだと言われると、ちょっと意外に思う。好きだけど。
 (まあ、人気ナンバーワンアニメのタイバニもヴィランの設定まわりが割とアレだし、長浜監督や永井豪にも毒はあるので、何がスタンダードなロボットアニメなのかって言うと困るんだが。ボトムズもなあ…。バイファムあたりになるんだろうか。エヴァはロボットじゃないよね…)


 で、話をGレコの10話に戻すと、今回のGレコ10話は悪役をやっつける構図がスタンダードな勧善懲悪で気持ちいい。
 しかし、ベッカーもデレンセンと同じキャピタル・アーミィなのに、デレンセンとベッカーに対してベルリが暴力をふるうのは同じなのに、なぜ双方に対する暴力の印象が好悪で正反対になってしまうのだろうか?
 ここらへんを通して考えると、実はGレコ10話はスタンダードな娯楽エンターテインメントに見えつつ、かなり暴力に対して自己批評的な要素を内包している(ある種の)気持ち悪さや残酷さを持っているアニメなのではと思う。


 本放送の時は1話ごとに反射的な感想を書いていたが、殺人考察シリーズでは複数の話をまたいだ構成について話していこうと思う。

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#シンデレラ5th 宮城公演を見た感想

今年もアイマス最高でしたね。
パンフレット順に個人評。オタクなのでキモいです。


写真集欲しい。かわいい。お山を登りたい。
アナスタシアはあんなに清純なのになぜすみぺはこんな…。ネタや毒を入れないと死ぬのか?
すみぺが闇に飲まれると逆にアナスタシアの光が強まる。
自分の被写体や偶像としての見られ方をわかってる女って感じ。大学でこんな彼女がいたら破滅しそう。
サークルクラッシャーぽい。でもアイマスサークラに何度破壊されても立ち上がる!むしろこんな子に破壊されたい。
MCの喋り方が演説ぽいのはソ連の政治家を見てたからか、冠番組を持ってるからか?
ロシア語に堪能だがサイキックのスペルのPを忘れる痛恨のミス。やばい。

目がぱっちりしてて芸能人ぽい。かわいい。声もかわいい。応援したい。リボンかわいい。仲間想い。仲間やプロデューサーに感謝する言葉に涙。応援したい。
ありすの子どもっぽいもごもごした喋り方が個人的に好きだったが、クールタチバナを目指してるのか。

杏よりキチンとしてる人っぽい。清楚。なんか音楽の先生になってほしい。松嵜ちゃんとの絆。五年前より成長したらしい。あんきら狂想曲の小劇場演劇感。あんきら狂想曲だけのアクセサリーがきらきらでかわいい。マカロン

初めて見た人だけどきれいだし好きですね!同じ会社にいて欲しい。今回は共通衣装に一人一人アクセサリーが凝ってて見所。難波ちゃんはたこ焼き!サマカニリスペクトなので会場前にたこ焼き食べた。終わったら迷わず牛タン食べた!むしろ食べながら飲みながら感想書いてるから!
先祖?の伊達政宗に対するリスペクト。
新人で今年のシンデレラ初日のトップの光を浴びたとか大抜擢だしやりとげたいい笑顔やで。

堂々たるセンター。パッションのリーダーでこれからもアイマスですよ、アイマス
いろいろ大きくて安心感を感じた。バブみ感じてオギャりたい。
れいちゃまには色々任せられる。うーん。にょわー

団地妻になってほしい。できれば自分の上の階に住んで足音を聞かせてほしい。もちろんその団地には出る。
ファーストから参加。個性的な声。しかしルナティックショーなどのグループ、全体曲でもきれいに聞こえる。

本人はそんなに巨乳ではない。しかし涙腺が緩い。えっち。泣いてるところをギュッて抱き締めたい。
ちょこたんとは違った低い個性的な声だがモーっとしたほんわかー

メルヘン!同じ幼稚園でクローバーを集めたりしたい。
宮城のホヤにびっくりしたらしいので私も食べた。ビールによくあう。応援して動いた後のビール!
新ソロ曲美しい。シンデレラはソロ曲2周目でさらに新しく。

こだわりやパフォーマンスなど色々濃い。
圧倒的ヒロイン感。声優ヒロインのピングドラムDVDBOX揃えたい。(そろえた)ウーサミンコールの楽しさ。
ウサミミもいいけど尻尾もね!

声が川島さんなのに、なおぼうはなおぼうなので似てない。でも声が川島さん。
流暢な煽りに乗せられたい。
サマカニのセンターがステキ。クールのリーダーとしてノクターンも熱い。サマカニに乗ったコールと振りと手拍子で燃えた。蟹は焼き付くしたい。

アイカツスターズ!からの出演。∀NSWERだけ眼帯というこだわりがカッコいい!他の曲だと両目だけどなー。センターで先輩を率いるのも圧巻。
エクステもオシャレ。美玲は声なしSSRデレステで当てて、後から声が付いたので思い入れが。アイカツ!も好きです。ローラとはまた違うロック。新人だけどアピールの強さがアイカツ!っぽい。
今後に注目したい。

喋らなければ美少女のユッコにふさわしく小さくて美女。好きですね!付き合いたい。小さいけどスタイルがいい。付き合いたい。
ガチャ演出が好きすぎる。野球などエンターテイメントもがんばってる。ミラクルマガレーズでは変化球主体のチームで終盤まで投げる神業。ていうかマガレーズとか変化球ばかりで勝てると?
五十嵐さんと鈴木さんだけスカートではなくホットパンツだっけ?お尻と足のラインがミラクルテレパシーのジャケット感。
予言のオチとか、やはりバラエティーアイドル。かわいいのに。

テレビに出てる女優みたいな美人。付き合いたい。酒を飲んだり前髪をいじりたい。でもおでこもさわりたい。付き合いたい。部屋に行きたい。片付けたい。
本人も、役も野球。ソウカイキャッツのエースで四番。足がすごい上がる。大リーグボール。ブーツは今回は壊れず?
体育会系とか野球ファンは苦手だが、モッコさんは好きです。ラストの部活の話に泣かされた。そんな泣かせるキャラだったとかずるいやろ。
地元宮城愛の観光ガイドとかKBYD要素も。いろいろ、好きなものに熱くなれる気持ちがステキ。
あとぼくはパッションPです。パッション!
ライブの後のビールは最高においしいと教えてくれてありがとう。五千円くらい牛タンにビール食べた。アイマスのプロデューサーは地域経済を回すとアピール。

イヤリングかピアスが可愛かったような。同じバイトをしたい。笑顔に癒されながら働きたい。ガテン系だけどかわいくなりたいりなぽよーーー!
ソロ曲がない分、色々な曲でサポートをする活躍。ふじりなを近くで応援したい気持ちがやさしそう。好きです。

あれ?髪切ったの?とか言いながらおでこと前髪の編み込みの境目をさわりたい。
たくさんいるアイドルの中でもボーカリストのアイドルと言っても納得のボーカル力。純情Midnight伝説のセンターもソロ曲も声の迫力にうなる。
キングとやってる夜中メイクが気になったからラジオを聞いたり個人CDを買ったりしたい。
ダンス苦手エピソードもボーカリストらしい。




あーたのしかった。
ライブはまだあんまり行ったことないので、ひとつひとつの大切な思い出感覚を大事にしたいので全日程や全公演に参加するのは早いと思うので明日は行きません。
中の人は明日もやるのですごい!僕は日曜日は寝たい。



それでは、みなさん。佳きアイマスライフを。

ガンダム Gのレコンギスタのベルリの殺人考察第2部第9話 子ども帰りの安心感

 このシリーズはGレコの主人公のベルリがいかに殺人行為に直面してきたのかっていう、2015年に開催したトミノアニメブロガーナイトでの30分ほどのプレゼンテーションを改めて文章に起こしたものですが。
 トークショーでは省いた話数もあります。この第9話など、直接的にベルリが殺人をしていない、人が死んでいない話は省きました。
 しかし、時間が限られるトークショーとは違い、ここは僕のチラシの裏なので全話書きます。


 ただし、今回は殺人をしてないのであんまり書くことない。


 おそらく、新劇場版ではこの9話「メガファウナ南へ」は省略されるだろう。しかし、だからと言って面白くないというわけではない。(おもしろい)


・本放送の時の感想
nuryouguda.hatenablog.com
 本放送の時の感想と重複することについては極力省く。

  • 子供帰りするベルリ

 連続殺人考察シリーズでの当話は、ベルリ・ゼナムが養母のウィルミット・ゼナムと合流して子ども帰りしていることが重視される。
 この殺人考察シリーズでは全26話を4分割し、6話ごとに分けている。第1部はもちろん第6話でのデレンセンの死だが。その後、7、8話はベルリのリハビリだったと捉えている。そういうわけで、この第9話は憂鬱からニュートラルポジションに戻ったベルリが描かれるわけだが、物語の加速度としては、同じ位置の日常だった第1話よりも、落ち込みから上昇している第9話は上向きの加速度がついている。
 なので、ベルリが第1話と同じような子供っぽい行動をしていても、それはポテンシャルエネルギーとしては異質なのだが、表面的な速度と位置は似て見える。(ややこしい物言いで済まない)


 Gレコは子供向けアニメだと富野監督もおっしゃってる。

僕は『G-レコ』について「大人たちは観る必要がない、子供に見せてくれ」という言い方はしていますけど"子供に見せる"ということは、つまり親が許すということ。それを親が認識するということは、親が入口になるということです。
http://news.mynavi.jp/articles/2014/09/06/tominogreco/001.html


 今回の冒頭のベルリは非常に子供っぽく、女友達のノレド・ナグや知的障碍者ラライヤ・マンディと騒ぎながらメガファウナのブリッジに入ってきて母親に叱られて登場する。


 富野アニメのキャラクターは設定年齢よりも大人びていることが多い。しかし、今回のこのベルリの「子ども同士ではしゃいで親に叱られる」という描写はむしろ高校生相当に設定されているベルリにしては子どもっぽい。特に、親と確執があったり大人になろうと過剰適応して振る舞うことの多かった他の富野アニメの主人公たちに比べると、「親の前で子供っぽく振る舞う」ベルリは変わっている。大人に子ども扱いされないようにする(しかし愛情には飢えている)というのが他の富野アニメの主人公の方向性だった気がするが、今回のベルリは割と子供らしく振る舞っている。子ども同士ではしゃいで軍人の邪魔をするというのは過去のガンダムだと子供キャラの役割で、主人公はそれに苛立つ立場だった。しかも、それを「よそ様の軍艦」と養母に叱られて言われるのはさらに子供っぽさを強調している。
id:adenoi_today さんの同人誌「Gのレコンギスタ備忘録」でも、第3話でウィルがベルリの指の傷を心配することについて

 しかしこの歳にもなればかすり傷程度に親が強く心配するのを、むしろ多少鬱陶しく感じるのが普通ではないだろうか。

と、評している。
 しかし、それはベルリが子供っぽい奴だからだ、というよりは、第6話で唐突に恩師を殺してしまい、実家に帰って顔向けすることもできず、第7話でずるずると海賊船に居残ってしまってジャハナムを運転させられたベルリが第8話で養母と再会したことで安心した反動で子ども帰りしたんだろうな、とも思える。
 やはり元気のGでもベルリはデレンセンを殺害したことで心に傷を負っていると見るべきで、戦場における人殺しの心理学が働いている。7、8話で鬱になりながら受動的にジャハナムを動かしたりラライヤやクリムの尻ぬぐいをしながらリハビリをして、9話では何とか第1話の子供っぽいベルリの段階まで精神的に回復したように見える。
 また、ベルリとウィルミットは養子の関係だと第9話でノレドの口から明かされる。なので、「本当の子供よりも子供っぽく振る舞う」ロールプレイをするのがベルリの処世術なのかも…。と、考えることもできる。



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機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴースト第12巻(完結) いのち

 機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴーストは主人公がオタク眼鏡ということもあり非常に僕の中で大切な作品になった。
 そういうわけで、最終巻は発売と同時に買ったのだが、これまでの11冊を読み返して感想を書こうと思ったところ体調の悪化やGレコの復習などで時間がかかり、その間に長谷川裕一先生はダストを出してしまうという体たらく。


 しかし、読み返して思うのだが、やはり大切な作品になったと思う。機動戦士Vガンダムと同じ宇宙戦国時代を描いた作品だが、Vガンダムと言えば人が死にまくるという評価が多い。僕もVガンダムリアルタイム世代で、これはこれでVガンも大切なガンダムの原体験なのだが。
 クロスボーン・ガンダム ゴーストの最終巻は「命」を力強く描いたと思う。人がコロコロ死ぬVガンダムに対抗するかのように。
 すべての登場人物が決死の戦いの中で生きようとしていて、(生存するというだけでなく死んでも自分の意地を通すという意味でも)命のエネルギーを感じた。
 特に、前巻でキゾ中将の暴力に服従させられた脇役のパーマの髪でメガネの男性が命がけでキゾにやり返していて、感動した。一人一人は脇役でも駒でも戦闘単位でもなく、意識を持って生きている人間なんだっていう当たり前のことを真正面から、時に違う角度から、描いていた。
 戦って殺すことで自分の意地を取り戻そうとしていたキゾは戦争の中での他人の死を当たり前のことだと思い、自分の命も投げ出す。
 逆に主人公のフォント・ボーは命の重さに押しつぶされたり、時にヒロインの命ですら忘れたり、命を軽視するキゾに激怒したり、いろいろと命に向き合う。そして、色々なメカニックの機能でロボット戦闘を盛り上げていた今作だが、最後に爪とヒートナイフで互いのコックピットを削り合うという泥臭い決着を迎えた。
 普通の学生だったフォントが戦争に巻き込まれて、人を殺したり殺されないように頑張ったりするのが特徴的だったこの作品。ジャブローで飛行MSの名も知らぬ戦士を殺害した時に「あのパイロットにも好きな人がいたのだろうか」とか思ったり、敵だったジャックと向き合ったり、殺す相手の命の重さも実感していくのが特徴的な作風だった。
 そんなラストバトルで、ビームではなく実体の剣で生々しく敵の腹をえぐり、互いにコックピットハッチを吹き飛ばされて見つめ合い、殺した実感を体感する。苦い。
 人間も宇宙の摂理に従って弱肉強食をしないといけない、と主張するキゾ。彼は悪漢である。しかし、弱肉強食の論理のキゾを敵として打倒する主人公は悪人を殺して勝つ、だけでは弱肉強食の論理に飲み込まれるだけだ。だから、殺して、その重さを背負う。勝っても殺したことは弱肉強食で正しいなんて思えない、そして、自分も愚かで弱い不完全な人間なんだ、と辛さを飲み込んで反省しつづけることで、弱肉強食を盲信する考えとは決別しようとする。それはつらいことなのだが。
 この宇宙に対する人間の不完全さはVガンダム外伝の頃から長谷川裕一先生のガンダムSFに続いている。
機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴースト(12)<機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴースト> (角川コミックス・エース)
機動戦士クロスボーン・ガンダム ゴースト コミック 全12巻完結セット (カドカワコミックス・エース)

 クロスボーン・ガンダムシリーズは面白い。しかし、アニメではないし、原作者の一人だった富野監督は第一作以降降板した。長谷川裕一先生は原作をリスぺクトして様々な二次創作をしてきた人だが、リスぺクトしているからこそ「オフィシャルではございませんぞ!」という自分のガンダムが偽物だと意識しているように見える。
 これはクロスボーンガンダムだけでなくZガンダムハーフなどにも共通している。今作の主人公メカのファントムやゴーストガンダムも正当なガンダムではなく、木星帝国の残党がガンダムやFシリーズを真似て作ったMSがたまたまガンダムと呼ばれるようになっただけの偽物だ。(これはF91Vガンダムとも共通なのだが)ロボットの見た目としてもちぐはぐな装備だったり、つぎはぎだらけだ。そもそも主役メカが幽霊で幻影だ。伝説でもなく風説の類だ。しかし、それでも本人にとって彼らの人生は確かに存在したって思えるんだ。

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