玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

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あずまんが評論

東浩紀氏の評論について。ちょいと追記。

そうやって、アニメについてしか書けないひと、語らないひとばかりが、アニメ批評を占有していくことになる。
ぼくの考えでは、アニメ批評がいまなぜ低調かといえば、知識があるひとがいないとか情熱があるひとがいないとか以前に、そもそもアニメ批評は、読者の(読者の、です。書き手の、ではありません)質があまりに悪すぎて、いま批評を志す人間にとってコストが高いわりにリターンが少ないからです。

http://www.hirokiazuma.com/archives/000460.html

(メガネをかけたインテリ風の人が山本寛監督、隣の方が東浩紀氏、トップの幼女があずまんのアストラル体

「一生懸命なにか考えて書いても、ちょっとした名前のミスとかなんとかで鬼の首でも取ったように非難する、そしてそれを「見識」だとカンチガイしている読者が多すぎる」
http://zmock022.blog19.fc2.com/blog-entry-1372.html

なんでネットのラウドマイノリティにつつかれたくらいで凹むの?本が売れたらエエやん。
面白さを増幅してくれたり、資料的価値があったら買うよ。ダムエー萬画雑誌としてはアフタヌーンに負けるけど、氷川先生の過去ガンダム評論やあきまん先生の新作ガンダム感想や富野監督の現代評論をスクラップしてるよ。雑誌はこれしか買ってない。図書館においてないから。
氷川竜介氏はアニメ以外にもコンピューターのエンジニアだし、安田朗氏はガノタだけど絵描きだし、富野由悠季監督は子供の頃から67歳になっても必死に文化人に成りたがってるけど成れないということを自覚しつつ成りたがっている所がとっても愛せる。
決してガンダムのことしか知らん人じゃないよな。
だから、あずまんみたいなアニメ関係じゃない人がアニメの事を語っちゃいけないって事はないんよ。ガンダムの前では人は平等なのです。
で、読者それぞれのオーバーセンスによって平等な書籍を取捨選択していった結果、本が売れるかどうかは書き手のオーバースキルによるもの。
売れなかったとしたら、足りないのは君のセンスだよアズマンくん。アズマンサンドにしてくれるわあああああっ!
やっぱり、ネット時代だから、評論家はネットのラウドマイノリティに読者の動向を左右されてしまうと思ってんのかな?
だとしたら、はてなブックマーカー程度の素人よりも言葉を操るオーバーセンスが無いということを自ら認めた事に成るよね。おいおい。
まー、確かに雑誌の発行部数は減っていますけど、IT革命から10年くらい経ちましたけど雑誌や書籍が全消滅したわけでは無いじゃん。やっぱり名前を出して、職責を賭して本を出す、という力はあると思う。私もたけくまブログを読んでても精華大に来たら何となく顔を見に行ったりしちゃったりしたりなんかしちゃったりしたわけだし。
ま、「状況を変えなければいけない」って言うだけで自分からは何もしないのがドームポリスのピープルの習性だもんな。


うーん。ネットが整備された時代で、名前を出して活動すると、現在の言葉だけ、って言うよりは前に行った失言までもアーカイブ化されていて、発言者の立ち位置が言葉以上に見えてしまう、っていうのはあるかもしれん。
そういうわけで、富野監督の事は割と話半分。


というか、あと、あずまんはやっぱり自己顕示欲の強い人なのかな。
自分の評論が情報として正しいとか役に立つって言うよりは、作者として人に誉められたい。だからネットの反応を気にするのかしらん?
あー、だから、ハルヒの話数とかサブタイトルの正式名称とかセカチューの内容とか、ちょっとググれば確認が取れる程度のことはやらないのね。情報よりも自分の意見が重要。
そういう細かい信用っていうのは大事だと思うんすけどねえ。
まあ、忙しい人だからなんでしょうけどね。僕もこの程度のエントリは2分で思いついたけど、明らかな嘘を書かないようにちらっとwikiっただけで時間が経ってウヒャーだもん。手を抜きたい・・・。


なんか、長崎県佐世保市小学生による同級生児童殺害事件を受けての「教えて下さい、富野です。」の大月隆寛氏の言葉を思い出したな。

大月 ニューアカデミズムっていうのは、早い話、単なるチャート式だったんですよ。心にもない言葉、体重乗ってない言葉をいくらでも操作できる技術がすごいだけ。自分がお勉強できるのをほめられたいだけなんです。だから、(ry)状況に応じてあいつらはなんでも言う。エクセプト・ミーなんですから。自分だけは違うと思ってる。(ry
富野 わかる。何でそう言う大月さんの言葉が、きちんと世間に伝わらないのかなぁ。
大月 いや、それはまったく不徳のいたすところで(笑)。
富野 ソレは実感する。その不徳が何かというと、最初から怒りの気分で文章を書くと、ひとは読まなくなるんですよ。
大月 そうみたいですね(苦笑)。

というわけで、大月さんの言葉も割と話半分なのだが(笑)。俺の人間不信を甘く見てもらったら困る。
だから、批評家に限らず、個人が他人よりも上に立つ事で生存しようとする政治的行動が嫌いなんだろうね。僕は。
あまりに動物的で怖いんです。平和のインテリジェンスを感じません。*1
というか、ボクも大富野教信者なので、だれそれの個性の正しさよりも、その裏にあるイデアとか概念とか法則とか原理原則を好む所はあるんだろうね。
でも、ほら、どんなに正しい人が居ても死ぬんだから、生き延びるために正しさを主張するのはさっさと(200年以内に)死ね。


ゼロアカ道場もチラッと読んだが、
http://shop.kodansha.jp/bc/kodansha-box/zeroaka/youyaku/07.html
これとか、自分の独自視点のユニークさをアクロバティック競技のように競う感じで、正直、申し訳ないんですが、富野節よりも読みにくかったです。寒気がした。
僕もエヴァ世代の中学生だったので、あの近辺の書評はだいたい思春期に読んで影響されました。
で、夏目漱石の「こころ」の読書感想文をエヴァンゲリオン評論のような衒学的象徴的暗号論的オレ理論で書いてみたところ、自分で書いててあまりにも気持ち悪くなったので、微妙に若さゆえのトラウマがある。
そういうわけで、今でもアクロバットな評論を読むと思春期を思い出してヒェーってなる。(今でも半ば冗談で「Gガンダムは堕天使と多神教精霊による、神の座を巡る文明の衝突だ!」とか言ったりするけど(笑)。本筋はドモンが結婚する話*2 )
ニーチェとか現代社会論とか関係ないよ!夏目漱石が原稿料目当てに思いつきを書きなぐっただけだよっ!ストーリーに作者の人間関係はちょっとは影響してるけど、それは本筋ではない。
美少女ゲームガンダムも、同じ!なんとなくだよ!
少女なんて、そんな大層な物じゃないです。所詮マンコがついてる生き物ですよっ!
っていうのも酷いけど、エヴァ評論みたいな、裏にある象徴の関係付けや、作者や社会の「なんとなく」の裏側にある何かを、思索によって掘り当てる作業はフレイザー金枝篇レベルの才能と教養によらないとやってはいけないんです。まして、ソレを通じて社会や人間の真実についての独自の見解を示すだなんて、軽々しくやれるわけがない。
と、小説が書けなくなったトミーノのような事を高校生で考えて鬱になった。富野には勝手に親近感をもってるなあ。


僕にとってのよい批評って言うのはどういうものかというのを、僕にとっての損得について考えてみると、
「自殺しようと思っていたが、ザブングルは面白いらしいので、トリトンから順番に見るまでは生きよう」と思えるような文が好きですね。っていうか、そう言う生き方ですもん。
助けられず、助けられただけで、しかも落ちていく!いいのかブレン!そういう生き方で!
「アニメが見られて、アニメがある宇宙が想像できて、宇宙の中のこの禿、人間がトミノと読んでいる監督のことがわかって、嬉しかった。 そういう作品を見てこられたことは、喜びだ。」
っていう。
だって、批評やスパロボを読むよりも本編を見たほうが面白いっていう経験則がある。批評って言うのを、見たくなる本編を紹介してもらうとか、見たものをもう一回新しい視点で見てみようって言う気にさせるとか、そう言う部分で利用してきた。
娯楽っすよ。


うーん。やっぱり大富野教だからか、批評家個人のエゴを崇拝するというよりは自分の生きる快楽を追及したいエゴイストなんですね。で、快楽を提供してくれる人よりも、快楽そのものである作品が好きって言うのだから、酷い読者ですな。
ま、作家には金は払うが、作家の個人としてのアイデンティティーの保障は君の身近な愛する人にしてもらえ!
っていう、地付きの接触が無い時代間隔って言うのは東氏にもあるんだろうけどね。僕にも。ネット弁慶だし。
そういう承認欲求が満たされないからこそ文を書くって言う気分もあるんだろうしねえ。
(まあ、それをオリジナルの作品ではなく、対象の批評で行なう、というのはちょっとねじれた気はするけど、そう言うパーソナリティーの人が生まれてはいけないというわけでもない。本を買うかは財布と相談だ)
あ、

、あくまでも情報と知識レベルの人だと判断せざるをえないように見える。それは、東浩紀の実作として発表された小説『キャラクターズ』のつまらなさが、つまり東浩紀の言語感覚、文体感覚の欠如が、象徴的に示している。
http://d.hatena.ne.jp/dokuhebiniki/20081014

あ、小説でてたのか。そしてつまらなかったのか。なら仕方ないね。いや、まあ、評論は上手いけどオリジナルはクソって言う人も良くある話だから別に悪いとは言ってないよ。
俺もオリジナルは・・・。いや、自分の中では脳内妹以外には魅力を感じないくらい惚れこんでるけど。


やっぱり、おたくやブン屋っていうのは職人みたいに作品が売れて食えるって言うだけじゃ嫌で、アートとか文化人として誉められたいのかねえ。自己肯定感欲求だねえ。


話が長い!アホか!
要約すると、「東氏は人の目を気にするんだなあ」「僕にとって他人は情報源でしかないんだなー*3」っていうだけです。
とっぴんぷぅ

*1:ブッ!…へ、平和の…ブフッ!インテリ…ブフォッ! インテリ…ジェンス…へ、平和のインテリジェン…(笑) 

*2:ちなみに、ドモン・カッシュホモソーシャルの童貞だが、レイン・ミカムラは非処女

*3:その割にリアルでは対人恐怖。おそらく評価が生存に直結するから、僕もまだ死ぬのを動物的に恐れているのだろう