玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

ニコニコ世代のマリは本当にニコニコ笑えているか

ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破のマリについて、
ヱヴァンゲリヲン破、ネタバレ3 真希波・マリ・イラストリアスは虚ろなライトヲタ - 玖足手帖-アニメ&創作-と、書いた。
要約すると、
マリはエヴァンゲリオンみたいなアニメが当たり前にある日本、経済が崩壊した21世紀、文化が崩壊した平成、ネットで気軽な時代、に生きる決断主義的、迷わない、悩みを知らない、楽しいことを追求する第4世代オタクでニコニコ世代だということを書いた。
ニコニコ世代だからこそ、真希波・マリ・イラストリアスは1997年と2009年をつなげるキャラクターだと書いた。
で、アスカに萌えていた第2世代オタク(だっけ?とにかく第3世代オタクの僕よりは年上っぽい)のシロクマ先生に
俺は、真希波マリの涙目がみたくてしようがないんだ(ネタバレ含む) - シロクマの屑籠
と、言うアンサーエントリを書いていただいた。
要約すると、

もし彼女が、自分自身の葛藤や逡巡を意識することすら出来ないほど不器用な人間で、その結果として“あらゆる状況を楽しんでいる快活なプレイヤー”というキャラの枠にしがみついているだけだとしたら?

“葛藤が無い”のではなく、“葛藤を意識できない・表明できない”ほど面倒なメンタリティの持ち主だとしたら?
 

 果たして、あれは“強さ”だろうか?

「怒りや哀しみの欠落した人間は、本当に強いのか?」

同時に、第4世代オタクの若者にも僕のエントリは読まれていたようで、

これ凄く納得した。今回はマリが一番自然で生き生きのびのびと感じられたから。 http://d.hatena.ne.jp/nuryouguda/20090702/1246515857


http://twitter.com/legokichi/status/2584907854

と、言われた。


若い子は、迷わないキャラ、どんな傷も痛みも「楽しさ」に変換しているマリを「生き生きしている」という。
どんな他人にも傍若無人に目的を貫く決断主義のキャラクターを「強い。明るい」という。
それが時代なのか。

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ところで、話は変わるが、最近の俺はグリー、モバゲーなど、若者のあつまるケータイSNSの書き込みを頻繁に目にするようになっている。
そこでは、どうでもいい薄い書き込み(あいさつとか、勉強だるいと言うテンプレート)がほとんどだけど、たまにキャラをはっきりとさせているユーザーがいて、彼らはそれなりに人気だ。友達「登録」数も多い。
書き込みについたレスにキャラをはっきりさせた返答、自分なりのテンプレートを明確にするのがうまい。
でも、もう一つの集団があって、それは、悩みや病み、そして、掲示板やメールを介したイメージセックス。性欲や恋愛やセックスや妊娠や精神的な悩みをネットで誰かとつながることで拡散させようとしているのか。寂しさを紛らわせようとしているのか。
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キャラの強いアバターの子も、何か月かすると、ポキッと折れるかのように何かの書き込みでの諍いなどをきっかけに、メンタルの不安定なことを捨て台詞に、退会する。
そして、あるものは未練を捨て切れずに別アカウントを立てる。


そーいうのを見ていると、はて、今の子供たちがみんな強いのかな?って思う。
というか、思春期はどの時代も、それなりに病んでるよなって思う。俺の思春期はちょっと長すぎだが、そんな俺から見ても、やっぱり今の若い子は、若いんだな、蒼いな、と思う。


で、そーいう子たちはマリのような、夜神月アニメ版のような決断主義者を強くてかっこいいキャラだと思うのかな。
そして、シロクマ先生のような大人は、マリも含めて子供が心配になるのかな。


喰霊ゼロや、化物語ひぐらしのなく頃にうみねこのなく頃にシゴフミ、などをチラチラとみていると、話の大筋はとても薄くてシンプルなのに、ストーリー進行には不必要なほどの暴力描写が多く見える。


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しかし、そこに登場するキャラクターは痛みに対する怯えや、他人を傷つけることへの躊躇がほとんどないように見える。
そして、それが最近っぽさだなーって感じる。
そういうのをカッコイイって言う風に演出してるなーって思う。
痛みや血や恐怖を描いているんだけど、初代ガンダムに比べて、全然生理的に痛みが伝わってこない。
ただ、グロ描写を描写しているだけ、に、感じる。


どうも、何もない、文化も昭和のゲームや歌をニコニコ動画で見るような世代は軽やかだが、何もないということ、この世界はとっくに終わっているということを産まれた時から実感させられている世代でもあるように見える。


経済、政治、科学などの急速進歩が終わり、破局が決定して、破局が進行中なのに、具体的な痛みはなく、何となく暮らせていけてしまう、何となくネットとかも与えられてケータイも使いこなせる不自然な感覚。
痛みがあるのが当たり前なのに、何となく感じられなくて、バランスを取るためにフィクションの中で過激な痛みを求めているのかな。
知らない痛みを知っておかないと、今の若者は未来が怖いのかな。だからリストカットをしちゃうのかな。(僕は罰を与えたいときがあるけど)
だから、マリは使徒と戦ってボロボロになっても「楽しい!!」と叫ぶのかな。
それって、楽しいのかな。
うじうじしてても楽しいことはなんにもないけど、マリがのびのびと戦って血を流すのは、楽しいのかな。
大人が責任感のために戦うのとも違うように思える。
まだ、続編がある。
マリの心は、まだ見えない。


まあ、別に僕は人口が減れば何でもいいと思うから、脳内妹にも避妊薬を飲ませるような男だ。
世代なんか知るか。
とっとと半減しろ。(第三世代オタクらしいセカイ系発言)
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