玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

出崎統の宝島 第一話 主にモノローグ主人公ラノベ考

「恐怖のビリーがやって来た!」


関東に戻って来た日に東京MXで再放送が始まったので、レンタル屋にあんまりおいてないという事もあり、見はじめした。
おにいさまへ・・・が途中なんだが。
しかし、タダで宝島が見れるとか、日本って天国じゃね?
でも、2010年には前に住んでた京都で「家なき子」が放送されてたらしく…。ううううう。家なき子は宝島以上にレンタルビデオ屋では見かけないなあ・・・。
京都精華大学情報館には、どろろが3巻までしか置いてなくて、どろろと百鬼丸が見れなかった。京都精華大学は、ちょっと杉井ギサブロー教授の家から持ってこさせるべき。


と、言う訳で感想です。
ちなみに、全然あらすじとか知らない状態です!初見でネタバレしながら感想を書きますんで、俺より先にネタバレしたら殺す。
wikiもスタッフ確認しか読まぬ。あらすじは知らぬ。誰がどこで死ぬかとか知らないし!

ですよ!今回の注目点は!
いいねー。ジム少年のくどいモノローグがすごいラノベ主人公って感じで、2011年に見ても全然古びて見えないっていうか、むしろ流行の最先端だよ!

ライトノベルで)売れてるのはキモイ主人公語りの一人称が多い気がするけど、読みやすいからなんかな?
http://d.hatena.ne.jp/kajika_eps/20101130/p5


「主人公が過剰に1人語りすることによって、ヒロインの内面+主人公の深層的内面を覆い隠しているんじゃないだろうか?」
思った事メモ - TinyRain

宝島の原作がロバート・ルイス・スチーブンソン著の子供向け海洋冒険小説ですからねー。思いっきりラノベ
そこで、アララララギさんの化物語新房昭之元永慶太郎への出崎統の影響を話しだすと、俺もあんまり知らんからやらん。
まりあほりっく三重苦〜出崎が古いとか言う奴は何もわかっちゃいない - まっつねのアニメとか作画とか



だが、分析ではなく、初見のアニメの初感想を書き続けるのが俺のブログの流儀!
いや、何度も見るのがビデオ普及後のオタクの流儀なんですけど、俺はせっかちだから、新しいアニメを見なくてはいかんの!富野アニメもまだ全部見てねえ!
知ったかぶりと言わば言え。(宇野常寛さんには「知性が追い付いてない」って言われました)
俺は知識はないが、動物的感覚で臭いを嗅ぎ分けてアニメ感想を書くだけだ。でも、最近のアニメは臭いが薄かったり、臭いが複雑に上書きされてるんで、僕みたいな直感タイプは解析しにくいんですよねー。富野由悠季とかはすっごい臭ってくるんだけど。


で、今回の宝島1話ですが、これがまた、すっごい強烈な臭い!
その中でも今回は出崎モノローグがすっごい臭かったので、それに注目してみる。
今期の新作アニメで見かけた主人公モノローグタイプのアニメは、GOSICK -ゴシック-、夢喰いメリー、これはゾンビですか?、お兄ちゃんのことなんかぜんぜん好きじゃないんだからねっ!!、大人女子のアニメタイム……って、ほっとんどの深夜アニメがこのタイプだと思って良いくらいの流行ぶりのモノローグである!
オタク向けだけじゃなくて、大人女子ですらなー。アクションものから推理物、ラブコメまで、ジャンルも問わない。
あ、西尾維新の小説原作だけど、意外と刀語はモノローグじゃなかったな。ナレーションアニメだったけど。
モノローグやナレーションが少なくて、好きなアニメって言うとハートキャッチプリキュア!ですけどー、あれはデザトリアンという「心の叫び全開ギミック」がずるいよなー。
感情移入を拒む作りだと評判のSTAR DRIVER 輝きのタクトも案外モノローグ(心の声や感想)や独り言が多いし、毎回のスポットキャラクターの執着を分かりやすくロボットアニメにしてるんで、ハートキャッチプリキュアに近い。意外に心情が分かりやすい。絵面が派手で情報量が多いので、スタードライバーは分かりにくい面もありますが、ヒントも多いんだよねー。
ブレンパワード以降の富野アニメはモノローグやナレーションが冒頭の「あらすじ」のみになってて、ほぼ、口に出した会話だけで構成されているのがすごいよなー。だから丁寧にセリフを反芻して、何度も見返す面白さがあるんだけど。富野小説はまた地の文の主張がすごいわけだが・・・。


前置きの例示が長くなった。端的に言ってしまうと、モノローグってのは、「情報の整理」と「視点人物への感情移入」をさせる二つの機能ってのがシンプルな理解だろうか。
んで、それはライトノベルとかオタク向けアニメとか、小説のアニメ化に親和性が高いってのはわかるわな。
ライトノベルやオタクアニメだと、設定を紹介するための情報の整理が重点。ま、今のオタク向けアニメやロボットアニメは美少女の顔形と名前と超能力とトラウマがモンタージュ式に組み合わさってるのが多いし、そういうアイディアの紹介が、他の作品と差別化するためのキモだってことだわな。
小説だと、もともとが一人称小説が多いという事もあり、それをアニメにトレースした場合、モノローグを多くしたら脚本が楽。小説に何で一人称小説が多いのかと言う事は、俺は文系ではないのでよく知らんが、理系的に考えると、文章は一度に取得できる情報が数文字からなる単語に限定される1次元だから、平面と声による3次元で出来てる映像や舞台作品よりは、小説は視点を限定した方が、情報の発信源が整理しやすいんだろう。と言うくらいの認識しか私にはない。
一人称をあまり使わない富野由悠季司馬遼太郎の文章は、地の文での御大の俺理論が炸裂してるから、それはそれで。しかも、富野は歴史じゃなくて、自分で未来の歴史を作っちゃうからなー。まー古典SFかぶれですかね。


また話がぶれた。
宝島の素晴らしさの話なんだけども!
宝島のジムのモノローグは上記の二つの機能を全然使ってないのがすごいんだよっ!

「主人公が過剰に1人語りすることによって、ヒロインの内面+主人公の深層的内面を覆い隠しているんじゃないだろうか?」
* アララギ君+上条さんの正義+美少女立て的なアプローチ(他の正義系は除外)
* 気弱主人公の美少女立てオンリー的なアプローチ
「萌えの特権性」の失効に関して、昨今の気弱主人公の減少と、何だかの因果関係がありそう
http://d.hatena.ne.jp/str017/20110102/p1

↑この、すとらい氏の見立てはかなり鋭い。
宝島においては、主人公をジム少年、ヒロインを海の野郎どもと置き換える事が出来る。
つまり、シルバー萌えアニメという事ですが。
ただ、覆い隠しているという事とは、ちょっと違う。

  • 無知の覆いが徐々に剥がれる啓蒙小説

↑このまとめが全てですね。
ジムはまだ13歳のガキで、そろそろ青年に成りつつある少年だから、野郎どもの深い内面や、自分の生き方の内面が分からないので、過剰にモノローグをするわけ。
ジムのモノローグの内容が、絶妙で、オタク萬画みたいな超能力設定や世界観の紹介やゲームのチュートリアル的な説明セリフじゃないわけよ。説明セリフなんだけど、説明する内容がジムが見て理解する事の出来る程度の範囲の事象に限定されてるのね。
ジム少年の自分の年齢とか、住んでる家とか、仕事とか、家族とか、近所の人の事くらいしか一話ではモノローグしないの。できないわけです。ガキだから。
それが、海の野郎どもの侵入によって、広い海の世界への興味や疑念を探ろうっていう考えに成って行くわけだ。
んで、残り25話の間にジムも成長して、徐々にモノローグの内容も変わってくるんだろうなーって予感させるのが、またジュブナイルっぽくてたまらん。
それが、まあ、機能としては「主人公への感情移入」に近いんだな。視聴者もジムと一緒に成って疑問を抱いて、疑問を解決していこうっていう見方が出来るんだな。これ、ラノベと言うか、児童文学の常用パターンね。
だが、同時に、ジムは子供だから、ジムのモノローグはあくまでジムが意識できる所への言及に限られてる。それが一種の記述トリックミステリみたいな効果をも生んでるわけ。
ジムの言及する事は、「情報の整理」という機能も持ってて、割と「その前のシーンに出てきたこと、それまでに事務が体験した事の総括」だったりするのだが、冒頭でビリーが倒した相手や、ビリーが恐れている相手、その他、大人達の細かい心情描写については言及できない。画面を見ると、大人たちはジムの気付かない所で、お金持ちのオジサンが巡回判事のイケメンオジサマとビリーが揉めてる時に隠れていたりとか、そういう細かい芝居をしているって言う情報は提示されてるんだけど、ジムは子供なので、それについては触れない。
そんで、俺みたいなおっさんは「あー、ジムはこの程度しかわからない子供なんだなー。ショタかわいいチュッチュ」と思うという、「情報を垂れ流すだけの説明ではなく、説明をするキャラクターの性格を示して、愛着を持たせる」っていう機能を持ってるんだな。
うむ。
俺、最近のナレーションやモノローグ過剰のアニメは、ハッキリ言って無機質で、不快だった。富野アニメが好きだからかな?そういう説明口調は嫌いだし、もっと自然にしゃべって欲しいって思ってる。設定説明台詞ってキャラクターの人生に必要な物じゃないからね。作者の読者に対する商品のプレゼンって言う意識が透けて見えて、不愉快なの。
でも、ジムのこのモノローグの使い方にはビックリした。
「説明する事」ではなく、「説明が不完全である事」で、キャラクターの自然さや人間性を際立たせてる!そして不完全な説明によって、視聴者にも物語への興味を持たせようという小説的手法を上乗せ!しかも一人称小説にはできない、「説明はされないが画面には映っている物」というアニメーションの暗示力!
さらに「情報の整理」という点では「謎の多い作品ですが、ジム少年もこれくらいしか分かってないし、視聴者の皆さんも気負わずに見てくださいね。見てたらわかるから」というメッセージも感じるな。
そして、謎が解けた時、ジム少年が成長しているであろうっていう予感が、1話のモノローグの使い方だけでも分かって児童文学のショタがかわいいです。


出崎統って天才じゃね?
もう、やばいね。
1話のあらすじの話をほっとんどしてないのに、俺、これだけ語ってるからね。



とりあえず、今回はモノローグについてだけで疲れた。
モノローグと言えば、口調というか韻の踏み方がおにいさまへ…の御苑生奈々子さんのモノローグに似てて面白いなー。出崎統だなー。
あ、あと、ジム少年が家の階段を駆けあがる時にイマジナリーラインつかカメラ位置を切り替えて3カットにするのは出崎統3回パンの変形って感じで、カッコよかったです。階段を上るだけなのに、さきまくらっぽい疾走感が在って超エキサイティン!
絵コンテの時間編集とアニメーターの演技の噛み合い方が絶妙な気持ちよさだよなー。SFやスポーツとかじゃなくて、普通の人間の生活なのになー。


絵の話を言うと、やっぱり杉野昭夫がマジパねえ。
しかも、後年の硬質な杉野線じゃなくて、手塚萬画っぽい丸めの杉野顔で、ジムとかの髪の毛が特に括ってないけど丸まってて、∀ガンダムのロランのきし麺髪みたいな、柔らかな効果を感じる。でも、巡回判事のリブシーさんイケメンオジサマは硬質な杉野っぽさもあり、やっぱり萌える。シルバーはもっとすごいのかなー。ハアハア。
そういえば、ジムの丸さがザブングルのジロンの土饅頭やイデオンのコスモのアフロに通じるなあ。辛い話でも、元気な男の子は柔らかい質感って言うのが良いよな。ターンエーガンダムの時にあきまんさんが意識したのはそういう意味か。湖川友謙さんも杉野昭夫さんと同じく、硬質な作画もディフォルメも出来る人だからなー。
宝島の音楽は羽田健太郎だし、そこらへんもハネケンがピアニストで参加した伝説巨神イデオンに似てるんだよなー。
なるほどー。富野喜幸はソロシップで宝島をやりたかったのかー。富野は出崎に憧れてるしなー。
うーん。ベスがシルバーくらいの男力だったかと言うと、ちょっと富野は神経質で思慮的な方向に言っちゃうんだけどねwww
宝も謎の無限力って言うオカルトに向かっちゃうしwww
いや、ジョーダン・ベスも白刃の敵中突破をするマッチョ男ですがー。アメフト部で軍人だし。



あと、とにかく海がきれい。小林七郎美術が綺麗。
背景とか雷とか雨を見てるだけで気持ちよくなるわ・・・。
オープニングとエンディングのアニメーションは大橋学さん。




大橋 うん。それで、出崎さんに「もう辞めます」って言いに行こうとしたんですよ。そうしたら、出崎さんが、「オープニングもエンディングも大橋さんの好きなようにやっていいんだけど」って仕事を持ち出してきたんだよ。「えっ、好きにやっていいんですか?」って、誘惑に負けて、仕事を断るつもりだったのに、請けてしまった(笑)。
小黒 それが、『宝島』のオープニング、エンディングなんですね。コンテもおやりになったんですか?
大橋 いや、コンテは出崎さんですよ。ただ、好きなものを出していい、って言われてた。何をやってもいい、って。だから、コンテにはあったのに欠番になったカットもあるんですよ。エンディングには、波にさらわれて宝の地図が奥へ流れていくというようなカットがインサートされる予定だったんだけど、それがなくなってオール1カットになった。
WEBアニメスタイル_アニメの作画を語ろう

これ、アートアニメーションとしても通用するよなー。みんなのうたとか。ずっとOP聞いてたし。こないだ。
でも、アート術だけじゃなくって子供向け娯楽ワクワク冒険作品なんだよなー。たまらんなー。
オープニングのサビの光る宇宙とか星とか舵とか海が神過ぎる。セル画で使える色がちょっぴりしかない時代なのに・・・。
めっちゃテンションあがるわー。
歌詞も男のロマンだしなー。何故か女性作詞家の書いた男のロマン歌って好きなんだよな。純粋な理想って感じで。
平成仮面ライダーの歌とか。
「ただひとつの」って、憧れを欲張らない所が男の意地って感じで最高なんだよな。


エンディングのUFOは謎だ。