玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。


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人を貶めるブログで儲ける自分と、動物的マウント

 はい。新年1週間ぶりの更新です。前回はG40のPVの悪口を元日早々1時間半で6000文字、殴り書きして142ブクマを達成しました。そして雑な記事なのに広告収入が2000円入りました。雑書きで2000円。仕事としては成り立たないけど、内職としてはそこそこ。
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 僕のブログの数千か数万記事のうち、ブクマ数20位に入りました。



 その4日前に6時間位かけて2万文字かけて富野由悠季の世界展の「文章分野」(イラスト分野は後日書く)の感想を述べた記事はたったの5ブクマでした。
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 半ば過労死寸前になって、劇場版の前日に書き上げたベルリの殺陣と感情を読み解いていく2周目の考察の最終回も6ブクマでした。
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 私は悲しい。(ポロロン)
一番くじ Fate/Grand Order キャメロット オブ シュガーポシェット C賞 アーチャー/トリスタンぬいぐるみ

 富野作品の素晴らしさを読み解いていこうとする記事はアクセスが伸びない。対して、つまらない短編アニメに対してつまらないって言っただけのゴミのような雑語りが28倍もブックマークされて2万アクセスとか出る。
 はぁ〜〜〜〜〜。やる気なくす。



 そういうわけで、やる気を無くして1週間更新が滞った、というわけでもない。
 冬季うつ病の冬眠モードとか新年の親戚回りとか睡眠障害とかFGOの閻魔亭に参加するためにシンをクリアしたり水着BBを引いたり(紅閻魔かわいそうすぎないか?)(星4配布はぐっちゃん先輩を選んで一緒に秦に反逆した)、グラブルガチャピンモードで大量に入手した武器でスキルをブチ上げてルシフェルとイクサバを上限開放して剣豪も開放して「さらに強くなりてえ・・・」ってガンギマリになってついつい夜中までゲームして、昼間は睡眠障害で14時間も寝ている、という、だめな小学生の冬休みみたいな感じでした!おじさんなのに!!!!のび太
 デレステの夢見りあむと本田未央など上位イベントはシナリオは開放したけどランクはあんまり伸びなかった。下手なので。(というかFGOモバマスグラブルもやってる時点でな。しかも14時間寝るし)モバマスは新年から目玉ガチャの渋谷凛と立花さま(新婚)を当てて良かった。グラブルでも立花さま(新婚)とかなつねえとかランちゃんとかいろいろ出てよかった。ありがとうガチャピン
立花理香2nd写真集『みやび』(DVD付き)(AKITA DXシリーズ)

  • 負の感情のインターネット

 しかし、本当に、渾身の力を込めた富野作品批評は読まれないのに、雑な悪口はガンガン読まれるとか、自信なくすしやる気も減る。
 まあ、Gレコ批評は読んでくれてる熱心なファンもいて、雑な悪口を読みに来るのはほとんど一見さんなんですけど。熱心な読者の中にはアニメ業界の割と偉い人とかもいらして、そこはプライドになるんだけど、アクセスが伸びるのは雑な悪口という現実…。


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 負の感情が増幅されてアクセスアップで広告収入ということを実感してしまいました。本当にG40の記事は雑書きなので、こんなにアクセスがアップするとは思ってなかった。でも読者とか大衆は悪口が大好き。テレビとかでも芸能人の失態とか隣国への差別とか右翼と左翼の相互依存的な攻撃のしあいとか。
 これでは人に品性を求めるなど絶望的だ。


 G40の記事がどれくらい雑語りだと言うと、いつもは記事末尾にほしいものリストを載せているが、載せなかった。

https://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/6FXSDSAVKI1Z

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 このブログは最後まで無料で読むことができますが、投げ銭したい人はこちらから。

 まあ、これはこれで、何遍もくれる人は何度もくれるけど、くれない人は全然くれないという二極化しているのだが(有料noteとかメルマガより、こういう投げ銭の方が気に入っている)


 G40の記事は本当に意地悪な悪口にすぎないと自覚していたので、そんなもので欲しいものリストを載せるのは、男の誇りに反すると思ったので、載せなかった。でも、アクセスは伸びた。

  • G40の記事で言いたかったこと

 まあ、設定もやりたいこともよくわからんし、工業的デザインのガンダムもよくわからんのでグチグチ文句書いたけど。本当に言いたいことは2点。


 年末に氷川竜介先生が劇場版Gレコのカットつなぎを褒めている記事に反して、G40は半分くらいカット頭が止まっていて、コンティニュィティがつながって見えないので劇になっていないということ。

 「カットが切り替わる編集点で、新しいカットの1コマ目、2コマ目は必ず違う画になっている」ということだ。「人物が歩き出す」「身を乗り出す」などの所作の途中、あるいは「モビルスーツがビームを発射する」などアクションの途中では、本来3コマ打ち、2コマ打ちで続いていく作画の頭だけ、1コマになるよう切ってある。
anime.eiga.com


 もう一点は「デザインを一新したのなら、それに合わせて新しい動きのアイディアを入れるべきで、工業的デザインになったのに旧RX-78と同じ芝居をG40ガンダムにやらせるのは演出のアイディアの貧困」


 という、富野監督が言いそうな文句です。


 ただ、富野監督が言いそうな文句を僕のような社会の底辺のオタクが書くのは生意気だということも自覚していた。
 なので、まとめブログとかみたいに「ここが変だよG40」とか「G40ガノタに大不評」とか馬鹿にするタイトルにはしなかった。煽ろうと思ったらいくらでも煽れるのだが。


 僕としては松尾監督は実力があるのに、なんでこの程度のものを出してしまったのかわからないので、びっくりして「松尾さんしっかりしてくださいよ!」という気持ちで殴りがいた感じです。だから、「こういう文句を書いてすみません。でもオタクとしては言わざるをえない」という気持ちがあったので、「G40ガンダムが気に食わないので松尾衡監督に嫌われるかも」というタイトルにしたの。僕にはG40が気に食わないし文句を言う権利があるけど、松尾監督も僕を嫌いになる権利がある、という対等な立場での言説だったつもりだ。
 本当はGレコに関わった人とは皆さん良好な関係を築きたいのだが、オタクはアホなので作品に嘘はつけない。あきまんには10年前は友達って言われたけど8年くらい前にブロックされた(アドバイス罪ではなく、なんとなく気持ち悪いという理由で)。


 一昨年は富野監督が喜寿だったのでサンライズ1スタに15万円くらいするプリザーブドフラワーを贈って(プリザーブドフラワーは生花じゃないのでセーフ。サンライズは生物のプレゼントはNG)、今でも1スタに飾ってあってたまにマツコ・デラックスの番組やNHKの富野監督ドキュメントに映って嬉しい。


 そういうわけで松尾監督も僕のことを認識している可能性がある。だから、「嫌われても仕方ないな」という言い方にした。視聴者としてとか、富野監督の教えを振りかざして「松尾監督は無能!」とまとめブログ的に貶めてマウンティングして気持ちよくなりたいわけじゃないんだ。
(まあ、松尾監督をフォローしてるけど松尾監督にツイッターでわざわざこの記事を押し付けるつもりはない)
 それに、ガンダムブランドも複雑化していて今回の工業デザインとのコラボとかもバンダイナムコエンターテインメントという巨大組織のガンダム40周年事業企画というものありきで、子会社のサンライズはそれに縛られてて、松尾監督が自由に作劇できなかった可能性もある。そういうご苦労もあるのはわかるのだが、オタクとしてはやっぱりつまらないと思ったらつまらないと言ってしまうのです。それに、制限がある企画だとしても「これはPVだから」と割り切った仕事をせずに、すこしでも物語にしてほしかった。それは僕の勝手な期待である。だから「嫌われても仕方ないな」という個人的な気持ちを書いたのです。
 個人の作り手と個人の視聴者の僕として同じ土俵で嫌われる覚悟で書いた文章です。まあ、文章が嫌われた程度で撃たれる覚悟はできてないし、文章が批判的だからといって撃ちに来るのは独裁者か犯罪者だろう。
 そんな個人のお気持ち表明がこんなにアクセスがアップするとは思ってなかったので意外でした。


  • 自分のブログの悪意にうんざり

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 そもそも、僕のブログのブクマ上位、PC版のサイドバーに載せているものの時点で悪意の文章が多い。
 僕を過労死寸前にしたスクフェスのKLabの社長が株主総会で泣き落としをした記事、この世界の片隅にを肴に憲兵だった祖父を憎む記事、母親が自殺したので世間を呪詛する記事、天気の子の狂気を嘲笑う記事、はるしにゃんの自殺に関して関わった文化人を糾弾する記事、かぐや姫の物語より竹取物語が面白いので高畑勲はダメという記事、障害年金がもらえなくてイライラする記事、オトナ帝国によってジオンリメイクばかり売れて新作のGレコが売れないことを分析しつつ愚痴る記事。


 唯一、けものフレンズ1期の最終回が良かったという記事だけがポジティブで、他はもう、憎しみと呪詛で凝り固まったアヴェンジャー岩窟王宝具2、スカスカで周回サクサクという僕の邪悪さを象徴するようなラインナップです。 
 本当に僕は呪いのメタファーでベルク・カッツェなんだなあ・・・。


 さっきこの記事を書いてる途中でカウンセリングに行ってきたのだが、やはり人が反応するのは週刊誌でも匿名のネットでも同じで、誰かの失敗を笑ったり悪事を懲らしめるつもりになるときで、人を貶めるのが快感だというのが動物的本能として染み付いているから、悪意のある記事ばかりブックマークされるらしい。僕は本当はガンダムや富野作品の素晴らしさを書いた記事をもっと読んでほしいのだが…。
 

 カウンセラーには「貶めて読者の本能を刺激する記事で読者の共感を刺激するくらいの文章力と発想があるので、褒めている記事もブックマークされないけど潜在的に読まれているはず」と微妙な慰め方をされた。まあ、YouTubeのおにいさまへ・・・の配信で過去の記事がかなり読まれているようで、それはいいんですが。(目次を整理しないとなあ・・・)

  • 僕は代弁者ではない



 割りとアニメブログを書いていると読者から「自分では整理できなかった気持ちを書いてもらえた」という感想をもらうことが多い。
 が、僕は別にテレパシーで世論を読み取っているとか、そういう超能力はないので。
 単に作品の要素を解析して、演繹した結果を書いているだけなので、似たような演繹の要素を感じた人には代弁者の様に見えるのだろう。あるいは僕の文章に説得力があるので、考えがまとまってない人が読むと僕の意見が自分の意見だったかのように認識されるのかも。
 そこで「自分には社会を読み解く力がある」とか勘違いしないようにしていきたい。一人のオタクとして作品に向き合うのがすべて。というか、アニメなんか殆どの人にとって生活のごく一部にすぎないので、アニメで社会を語っちゃうのはちょっと違うよな。まあ、社会を語るためにアニメを作るような富野監督とかもいるけど。


 ただ、悪意や貶しだけでなく、普通に褒めてる時の記事もブクマしてほしいよな…。ブクマ強制は規約違反かもしれないけど、こうも悪口言ってる記事ばかり伸びると自分でも自分の凶暴さにうんざりする。
 劇場版Gレコや富野由悠季の世界展の記事、だめだったのかなあ…。
 劇場版GのレコンギスタIについては概論を述べただけで、まだ書きたい各論はあるんですが。


 で、まあ、あんまり言いたくないけどG40の雑記事がここまで伸びたのはなんでかって言うと、結局みんなで叩けるもの、貶してもいい話題として認識されたからだろう。なんだかんだ言って、変な映像だったしな。ヴァルヴレイヴも当時は変なアニメとしてヘラヘラ消費してましたし。(だって湿布が最強兵器とか)
 みんなは人を叩いたり貶めるのが好き。だから負の感情のインターネットになるし、テレビでも衝撃映像とか言って他人の不幸を安全な場所からヘラヘラ笑うような敬意のない娯楽が蔓延している。
 一見ファミリー向けの温かいはじめてのおつかいとかも、子供に勝手に変な代弁ナレーションを付けて客体化(モノ化)して、その愚行や失敗をコンテンツとして安全な場所から笑うし、笑い女の声や芸人のコメントで笑いものにする。
 ロンドンブーツ1号2号以外にも一般人をいじる街歩きバラエティは一般化した。僕はプライドが変に高いのでテレビ業界人ごときに嘲笑されたら鎌倉武士ムーブすると思うが。


そういうテレビバラエティ番組が嫌いなので、テレビ番組としてのGレコ、というテーマで一昨年記事を書いた。

nuryouguda.hatenablog.com

 そこで、このようなワイドショーを見る愚民どもである貴様たち大衆の視聴者はどのような姿勢でテレビを見ているのか。それは愚民であり、しかも不況であり、ほとんど何のとりえもない日本の大衆である貴様たちにとっては安っぽい自己肯定感の補給であろう。色んなコメンテーターの意見を見たり、報酬対象(料理とかアイドルとか動物の赤ちゃん)のおいしそうな所を見て快感を覚え、北朝鮮汚職官僚や野党などの敵対対象に憤る。そして、「自分は正しい大衆のルールの中にいる正しい人間だ」と自己肯定感を充足させる。また、道化や安心して見下せるタレントのおいしいヘマや失敗をバカにして自分はそれよりも上だと満足する。それが大衆に向けたメディアなのである。
 また、事件の被害者よりも自分が安全な場所にいることに安堵して愚民に過ぎない自分の日常に安心感を抱く。自分は社会のルールに浸かっているから正しいと思い込むような態度なのである。そして、ルールから外れたタレントは世間から批判にさらされるのである。


 また、ワイドショーで非常に重用される演出としての「コメンテーターたちの顔のワイプの表情」も、どのように事件に対して表情や感情を持つべきかと言うことを視聴者に暗示する「方向付け、ルール」の作用を持っている。
 笑うべきか、怒るべきか。
 その程度の判断も愚民は自分ではできない。教えられて人の真似をするだけ、と言うのが大衆である貴様たちなのである。

生きるとは、この世でいちばん稀なことだ。たいていの人は、ただ存在しているだけである。
To live is the rarest thing in the world. Most people exist, that is all.


ほとんどの人々は他の人々である。彼らの思考は誰かの意見、彼らの人生は模倣、そして彼らの情熱は引用である。
Most people are other people. Their thoughts are someone else’s opinions, their lives a mimicry, their passions a quotation.

オスカー・ワイルド
(19世紀イギリスの劇作家・小説家、1854~1900)

 という記事を書いた。このことを精神科医のカウンセリングで述べると「正しい物の見方だが、書き方を工夫しないと多くの(おそらく自分で物を考えない大衆の)人は自分が否定されたと感じて、グダちんのアンチになる危険性があるよ」と言われた。
 僕は「そんな奴らのコメントは非表示にして無視する」と答えた。実際にアンチのコメントはIPを禁止にした上で削除する。はてブコメントもアンチは非表示。
 パトレイバーの内海のこの意見は「メディアの快感は強者、弱者というヒエラルキーがあって、それを読者が安全な場所から笑うのが楽しい」という動物的なマウンティングが快楽原則であると言っているのだろう。実際にメディアに取り上げられる対象に対して自分が勝負を挑んでマウンティングをしなくても、雑誌やネットを通じて馬鹿にすることで安全にマウンティングができて、動物的な快楽を得られる。
 つまり、笑いや快楽には強者、弱者のヒエラルキー意識が重要に関わっている。まあ、動物である限りそれは本能に染み付いているのだが。(そして、内海たちも、軽蔑し合う卑しい国民を軽蔑してテロを起こして楽しもうとしている、というメタな批評性がある)


Gレコのためにその2ヒットするアニメのレイヤー構造 前編 - 玖足手帖-アニメブログ-
Gレコのためにその2ヒットするアニメのレイヤー構造 後編 - 玖足手帖-アニメブログ-
 一昨年、長々とこういう記事を書いたのだが。


 結論は「Gレコのキャラクターはネタやモノ化された部品ではなく、一人ひとりが生きていて、敬意を払うべき人物である。それはバラエティ番組やYouTubeで人をモノ扱いして嘲笑ったり、アニメキャラは現実の人間より一段低いものとして扱う風潮の現代のテレビの中では、異質な番組として理解されにくかったのだろう」というもの。

nuryouguda.hatenablog.com
Gレコの人間関係が文字通り「立体的」だとわかるでしょう。しかも時間経過でそれぞれの図の中の相関関係が変化する。そのキャラクターの中で他のキャラクターの価値の重みが変化したり、死んだり、失恋したりする。
 なので、三次元の立体的、というより動的で多次元的反応の変化がGレコの人間関係なのだと、私は考えます。


 いや、別に僕が賢いとか、難しいGレコを理解してて偉いとか、そういうことを言いたいわけじゃない。
 劇場版ガンダム Gのレコンギスタが上映される前に、少しでも多くの人にわかってほしいという気持ち。別に上から目線で僕の解釈を押し付けたいわけじゃない。そもそも勘だし。
 ただ、「Gレコはわかりにくい!」という声がインターネットで多く見られるので、「補助線を引いたら多少わかりやすくなるよ」という程度のことです。


 いくつもの図を重ねて、やっと、Gレコのわかりにくさの核心的な部分へ言及することができた。


 ただ、Gのレコンギスタは分かりにくいと言えばわかりにくいのだが、ここまで図にしてきたことを踏まえると意外と単純ではないだろうか。つまり、どの登場人物にも主観があり、互いに観測し合っている。そして力関係と人間関係はリアルタイムで変化する。
 つまり、「Gレコはリアル」ということだ。
(中略)
Gのレコンギスタはそういうテレビ番組とは違う作品だということをわかってほしい。Gレコのあらそいは同じレイヤーだけで起こるものではない。ベルリは王子だがマスクは差別された階級だ。他にもいろんな土地のいろんな身分の人間がリアルタイムに宇宙という土俵でガチの殺し合いを繰り広げている。そこにヒーロー、ヴィラン、モブは関係ない。それがGレコのリアル目線だ。
 だからして、Gのレコンギスタはテレビで放送されたアニメだが、テレビ番組でレイヤーやひな壇芸人たちのヒエラルキーが整理されたような文化を見て慣れている人には見にくいし消化しにくいコンテンツだと思える。
 これはテレビバラエティを一から十まで馬鹿にしているだけではない。(ちょっとは馬鹿にしているけど)レイヤーを整理して情報伝達を効率化する文化は能や狂言でも洗練されてきた文化であるし、主人公とアンサンブルの違いなどはオペラやバレエや古代ギリシャ演劇にもさかのぼれる。
 なので、Gレコが偉いとかではない。ただ、Gレコや富野作品はたいていのお行儀よく整理されてタグ付けされた常識とかテレビ番組や映画やアニメとは「異質」の「リアルの地獄」ということだけを認識してほしい。長々と書いてきたが、要点はそれだけ。


 「キャラクターを嗤うな!ネタにするな!生きているんだぞ!」
 

という程度の記事に「結局Gレコはここまで解説されないとわからない駄作」という悪口コメントが寄せられた。もちろんIPアドレスはブロックした(まあ、モバイル端末だとIPは変わるんだけど)。


 僕が考えたことを書くと、「頭のいいやつにマウントされた」と感じて「Gレコは駄作!」と言い返してマウントし返そうという人がいる。G40の記事にも「気持ち悪い害悪オタク」とか書かれた。(非表示にしてるけど、ちらっと見てしまった)


 なんで動物はそういう強者とか弱者とかヒエラルキーとかマウンティングにこだわるんだろう?


 ただ美しい花が咲く、蝶が風に吹かれてくる、空には月がある。アニメもそれと同じだろう。美しい、美しいものがどういうふうに美しいのか、あるいは何処に瑕疵があるのか。それをただ語るだけで楽しいのに。マウンティングとかアンチとか、なんで動物は自分が上位だとアピールする本能を出してしまうのか。
 仕事や恋愛や婚活で自己アピールするのはいいが、芸術作品を愛でている時は動物的な生存競争本能から離れたい。


 でも、いい話っぽく書いたけど、クソアニメの駄目なところをゲラゲラ笑うという楽しみもあるんです。すみません。インド人を右にとかで笑えるので。
 そういうクズっぽい楽しみもあるのですが、なるべく芸術の作り手には(笑いながらも)敬意を持ちたいし、嫌われる覚悟として匿名に逃げないようにはしたいですね。(少なくともハンドルネームのレベルでは)(僕も作り手のプライベートまでは詮索しないし、他の人も僕のプライベートな家に火炎瓶や爆発物を投入するのはやめてほしいです)


 それに、本当に批判ではなく「攻撃」する時は匿名どころか、まあ、様々なルートから策を弄するので。ネットにも足を残さないで淡々とシステムを利用して破滅に追いやるよ。(やっぱり僕は性格悪いね)


https://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/6FXSDSAVKI1Z

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