玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

富野由悠季:映像の原則(改訂版)読了 座右の書にすべし

8月末に出た本だけど、読むスピードが遅かったのでさっき読み終わりました(笑)。
機動戦士ガンダムAGE第1話 映像の原則1stと比較して地味 - 玖足手帖-アニメ&創作-
輪るピングドラム第10話 だって好きだから輪る映像の原則を解析する - 玖足手帖-アニメ&創作-
輪るピングドラム 第14話「嘘つき姫」の「お芝居」の快感!徹底分析 - 玖足手帖-アニメ&創作-
↑こういうふうに最近、映像の原則に書いてある演出技法を用いて、最新テレビ放送アニメの演出意図や印象をまとめる記事を書きました。それで合計250はてなブックマークで一日に2万PV、私のブログでは最高記録を樹立したのです。が、映像の原則を出汁にした記事を書いた時、実は全12章のうち6〜8章までしか読んでなかったんですねー。
いや、改訂前の物は読んでいたのですが。そして、第6章までにはほぼ映像の原則のレイアウト論と絵コンテ論は描いてあったんですが。
私は基本的に、ずるい人間なので読んでる途中の本の生半可な知識で適当にブログを書いたりしますよ。フヒヒ。
第7章から後は実務的な感じ。


今回は一節ごとに旧版と新版を交互に読み比べていたのです。それで読むのに1ヶ月以上かかったのですが、やはり読むのが遅いですね。
(ブログ書いてるからだ・・・)

映像の原則 改訂版 (キネマ旬報ムック)

映像の原則 改訂版 (キネマ旬報ムック)

  • どういう改訂だったか

改定内容については、kaito2198さんのこちらの記事が端的です。(丸投げは基本)
私もほぼ同意見なので、私が改めて言わなくても良い所は引用します。インターネットの集合知識ですね。

ほぼ全文に修正が入り、文章全体は簡単にまとめられて、言い回しが省略されている。また読みやすさ優先のため、段落間隔は前より大きく設定されている。全部読み比べてはしていないけど、全体的は文字数がそれなりの量が減ったと思うが、文章の意義は9割5分変わらない上、新しく書き下ろされている内容も結構ある。
TOMINOSUKI / 富野愛好病 『映像の原則』旧版と改訂版目次及び内容比較

文字数は減っているけど、ページ数は増えています。読みやすい。
そして、重複表現が減っているところに、新しい知見が組み込まれているので、情報密度としては改訂版の方が上がっている。

修正が入ることにより、読みやすさはもちろん、分かりやすさも以前と比べられないほど上った。


書き下ろしや大幅書き直しはすべての章にある。あくまで節単位の追加だが、旧版で読めない話や結論も多々ある。


対して、削除された節や記述もそれなりある。重複した内容は主な削除対象だが、一部のコンテや演出についての記述も削除された。作者の判断でそれほど重要じゃない箇所かもしれないが、ちょっともったいない気もする。

 パッと読んだ感想ですが、すでにいろいろなところで言及されたのですが、富野由悠季監督特有の同じ意味の言葉の繰り返しなどが削除され、本当に読みやすくなっている。そのうえ、ちょくちょく書き直されてる部分や追加した記述もあるなど、前のより気軽にオススメな一冊として仕上げられています。
TOMINOSUKI / 富野愛好病 映像の原則改訂版届いた

ちなみに、『映像の原則』は映像教育においても教科書として重宝されています。常磐大学京都精華大学金沢工業大学などの映像関連学科は、すべて富野監督のこの本を指定教材にしています。
TOMINOSUKI / 富野愛好病 『映像の原則 改訂版』、発売あと1週間!

私は卒業した大学は京都の大学なのですが、並行してガンダムのビデオを見るために京都精華大学の図書館に通っていました。(今も暇な時は行って映画を見ます)で、そこの図書館や学内書店でも映像の原則は教科書として指定されているのを見ました。他にも、様々な専門学校でも使われていると思います。


プロも評価しています。

プロ(表現者)は、富野の『映像の原則』をどう評価しているのか?(増強版):富野とかBLOGサイト2:So-netブログ


それで、今回の改定によって、本書はより教科書的になりました。つまり、理論が端的にまとめられ、一文が短く読みやすく換えられ、各節ごとにキチンと主張と結論と要点がひとくくりなっているように変わっています。
富野由悠季の文章と言えば、基本的に長ったらしく、一文の中で意見が変わるという特徴があった。それはそれで、小説やエッセイでは文章が流動的でおもしろい、という感じも受けたのであるが、教科書としては読みにくかった。今回の改定では文章の流動性が減り、小説のように「雰囲気を感じる」と言う物から、「論理を解説してもらう」という物に変化している。

 本書は最初から最後まで論理により解説されており、やや硬い印象を与える。まさに、映像演出のための技術書・教本となっている。本書のなかで一貫して流れるテーマは、映像は感性で撮るものではない、映像には原則がありそれを踏み外せば意図が伝わらないとの主張だ。
All episodes of ‘Madoka Magica’ now available on conventional and Android phones

読むのに苦労していた旧版に比べると、はるかに速いスピードで読めているし、
読んでいてリズムを崩されることがない。
つっかかる部分が非常に少ないのは本当に有難い。
これってもしかして・・・ | ひびのたわごと

これは大きなポイントであり、映像学科の学生諸氏には非常に勉強しやすくなった事と思う。
富野由悠季監督は面白い人であり、作品も面白いのだが、こと文章となると、それが時事批評や小説であっても、アニメの企画書であっても、何を書いても「富野のエッセイっぽい」「富野の個性が主張する」と言う物であった。それくらい個性が強い人で、面白みでもあったのだが、映像の原則と言う教科書としては変なものだった。
実際、旧版を読んだ後、「結局、富野は何を書いても富野自身が面白いなあ」と、絵コンテの原理よりも富野の人となりや感情の方を楽しんだような記憶がある。
実際、イデオンライナーノートは「アニメの作り方、教えます」というサブタイトルの割に、富野監督の自身の虚構の制作エッセイ小説と言う妙な本だったらしい。(入手困難のため、未読)


だが、今回の富野は裏方に徹して理論を整理している印象。これは、2002年の旧版の頃の61歳の富野が69歳になり、さらに角が取れたからだと思う。実際、最近の富野は講演会で「年寄りは仕事を若者に任せて元老になればいい」と言っている。(「葛飾北斎のように生涯、作品を作りたい」とも言っている)
で、旧版から削除された物は「二重表現のくどい繰り返し」「文意が明確でなかった長文」と同時に「富野個人の思いこみ、特に業界批判や憤り、2002年当時の問題意識」と言った所が削除されている。よって、より冷静な「教科書」となっていて重要な所が分かりやすくなっている。また、富野自身が頻繁に「物語に重要な物は普遍性です」と言っているが、このたびの本書の改訂によって、より本としての普遍性を増している。
逆に増えた所は、「デジタル技術の進歩に合わせた部分」が分かりやすいキャッチコピーとして表紙にも挙げられている。
その他に「具体的な事例」が付け足されている部分が多かった。「具体的な事例」は付け足されているが、「個人的な感情」、つまり「こんなダメなやつがいた」という感情的な事例ではなく、客観的に「このような作業でこのような結果を得た」という雰囲気の物が多い。
旧版の文章を富野が9年の時間をおいて自分の文を客観的に読み返して足りない部分、意味がハッキリしない所を明確にするための追加と思われる。また、旧版を著者自身が批判的に読み返し、自己批評的に反省したであろうという部分がある。そこに、富野自身の9年間の成長や新しい経験の蓄積を感じ取ることができる。今年で70歳だけど。
2005年に新訳機動戦士Zガンダム劇場版、という改訂作業が在った事も影響しているであろう。ガンダムエースの連載「教えてください。富野です」で、大学教授や企業のトップなど、人に教える立場の人に毎月取材して教えてもらった経験の蓄積もあろう。

もちろん、旧版も具体的な事例はたくさんあった。が、改訂版はより冷静にまとめられている、という印象である。
また、2002年の旧版から改訂版までに出た新作映画の紹介や、新しい本からの引用もあって、アップデートされている。インターネットでアニメや社会情勢がやり取りされる、ネット時代におけるアニメファンと制作者の関係の在り方についても、新しく書きなおされている。日進月歩の志を感じる。


まあ、富野はやっぱり富野なので、ところどころ富野の感情的な部分もあるし、新規追加部分の文章の方が抽象的で良くわからないので、旧版と照らし合わせるべき所もあった。そこは御愛嬌かな。

  • キャピタルGの物語

あと、第2章の終わりには旧版にはなかった原稿用紙のサンプルが新たに掲載されていますが、その内容がガンダムエースニュータイプエースに掲載された「はじめたいキャピタルGの物語」の続きでした。
続いてたんだ、キャピタルGの物語。

ニュータイプ エース Vol.1 2011年 10月号 [雑誌]

ニュータイプ エース Vol.1 2011年 10月号 [雑誌]

  • 映像の原則の理論について

これは旧版からあったもので、今回より明確になったものです。
やはり、「映像の原則」は旧版は文章こそ読みにくかったものの、理論としては筋が通っていて分かりやすいと思った。
で、分かりやすいのはやっぱり上手下手の構図の話、動きの話で私もかなり他のアニメを見る時にこれを意識するようになった。この1カ月。


落ちるアクシズ、右から見るか?左から見るか?<『逆襲のシャア』にみる『映像の原則』>

これは非常に分かりやすく、単純化された原則です。だから分かりやすく、強烈な印象があります。


富野以外の映像作家も、こういう事を気にしてる人が多い、と言うか原理原則だそうですね。
とある科学の超電磁砲 OPの演出の解説 一貫性のある正負の方向 - karimikarimi


逆に、だからこそ、「そんなの富野とか映画業界人や能楽の人が勝手に決め付けた人為的なルールなんじゃないの?」と、懐疑的に思う面もある。実際、私が映像の原則について書いたこの1ヶ月のエントリーに対するはてなブックマークコメントで

id:angmar
「映像の原則から外れるから」違和感があるとかないとかになるわけなの?印象すら操作されるのか…
はてなブックマーク - 機動戦士ガンダムAGE第1話 映像の原則1stと比較して地味 - 玖足手帖

というコメントをいただいたりもした。ルールが先で、私が富野に洗脳されているんじゃないか?という意味合いのコメントであろう。
だが、本書では映像の原則について、「人間の心臓が左にあるので、右手側を生理的に好意的に感じやすい」とか

「→向きに歩いている映像と、←向きに歩いている映像と、左右両方に歩いている映像をカット割りで混合したもの」では同じ長さの映像でも、主観的に長さが違って感じる実験がある、

とか、そのように生理学的、心理的な、理系的な理論で論拠を固めている。理系的実証と同時に、能楽の舞台や芝居の構造やその歴史的な変化、演劇の歴史、映画と言う娯楽が発明されて見世物からモンタージュ理論や文芸映画を経てアニメやテレビドラマなどに発展してきた歴史、という文系的な資料の紹介もなされている。
この理論の正しさがどの程度のものか、と言う事は私のこのブログでは書く時間がないので、興味のある人は直接本書を読んでください。
この本以外にも、ヒッチコックの本とか、フォトジェニック論など、いろんな本があるので、私よりもたくさん詳しい人がいると思う。

定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー

定本 映画術 ヒッチコック・トリュフォー


また、論の立証にあたって決めつけや常識を押し付けないのが富野らしい。彼は作品でも決めつけない態度をとり、常識を疑うような物語を描くことが多いが、本書でもそうだ。わかりやすい自己啓発本やハウツー本のように「常識的にはこうなっています」「あなたは絶対にお金を稼ぎたいと思っているはずです」「あなたは社会的に成功しなければなりません」「私は常日頃から研究しているので、私は正しく、成功しました」というような根拠のない文章の決めつけはしていない。
富野は機動戦士ガンダムシリーズなどで、成功もしたし、失敗もしているので、その具体的な経験を書いている。ガンダムは有名なアニメで、その本人がそれを制作した経験を分析して振り返って整理しているので、分かりやすい。失敗した部分についても包み隠さず、なぜ失敗したのかを理論的に書いている。「私は成功したのだから私の書いている事は正しい」という風に説得力を強引に付けているのではない。また、「有名な人がこう言っているから正しい」と言う風に引用で説得力を付けているのでもない。もちろん、引用はあるが、それに対する批評的な解釈や解説も富野が行っている。
つまり、理論の説得力と実用性を高めるために非常な努力と具体的経験が使われている本なのである。
それが具体的にどのような物かは、ブログで書くと非常に長いので、原著を当たって下さい。私も正直、この本の全てを理解したとは言い難いので、適宜、時期折々を見て、必要な部分を読み返して引用するような、辞書代わりとして使いたいと思う。それくらいの質量がある。


また、左右の問題だけでなく、カットの長さ、俯瞰と煽り、ディテールをどこまで描くか、動きの方向性はどうするか、視線はどちらに向けるべきか、小道具はどのように配置するべきか、背景はどういう風に配慮すべきか、などなど、映像全般について実例をあげて事細かに書いている。
また、富野監督は絵コンテが得意ですが、総監督でもあるので、
むしろ、一アニメ視聴者としては、「アニメを作る人はここまで意図しているのか」と感心するための本です。
そして、この本を教科書として学ぶ映像作家志望の人はとても素晴らしい人なのだなーと思います。

  • 映像作家全般の事

実写の事も書いてあるし、アニメの事も書いてある。
実際、富野監督は実写映画を日本大学の芸術学科(三谷幸喜などを排出)で学んでいたし、海のトリトン以前にテレビCM制作会社で実写を作っていた経験もある。
そのように生活して来た人なので、「映像を作る理論」だけではなく、「制作現場でどのように監督はスタッフや役者に接するべきか」、スポンサーや、視聴者に対する態度のとり方、と言う事も具体的に書いてある。
「理論的には理想は在りますが、それは現場の事情を見て判断する応用も必要です」という、実務的な部分の処し方まで分かりやすく書いてある。映像ファンにはおもしろいし、プロを目指す人には実際の仕事を想像できてためになるであろう。
また、富野監督は社会に対する問題意識が高く、さまざまなシンポジウムで講演を行う事も多い。そのため、作った映像作品が社会にどのように影響を与えるか、どのように配慮すべきか、どのようにしたら売れやすいか、と言う事も経験と考察を交えて書いてある。
単なる技法を説明する技術書ではなく、志を作っていくマインドの技術書でもある。


  • 映像の原則の矛盾

この本は実例をあげているが、実例自体にも矛盾がある。


この模式図一つをとっても、「右に居るから正義」「左に居るから悪」と、簡単に割り切れるものではないと、矛盾を内包している。
画面が明るいのは「温かみ」も感じるし「明るすぎて強権的」という印象でもあったり、画面が暗いのは「不安感」を表現する事も「眠りの安心感」を表現する事でもある、と、本書で矛盾したように事例が述べられている。
この本の末尾に、

視覚的な機能が先行している媒体を考える場合、本テキストでもわかるとおり、どうしても画面をどのようにするかという部分に興味がいってしまいます。(中略)しかし、それは決定的に間違いなのです。
ぎゃくに、画面の問題よりも物語の方が大切だと考えて、映像媒体をつかうのもまちがいが起こる元でもあるのです。
双方、映像と物語が融合した創作ができなければ、完成させることができないのです。

と、書いてある。最後の総括で、この本自体の問題点を批評してあるのである。富野は真面目と言うか、細かいというか、自分の意見を絶対視しないで考える所がある。
実際、この本の中でも「私はここまで考えましたが、これ以上は分からないので、読者の人が自分で調べてください」「映像作品はもっと深いので、若い人がもっと新しい物を作って下さい」と、最先端科学研究の教科書のように、分からない部分は検証が未確認と正直に書いてある所もある。
映像の面白さは、脳科学や心理学や感性で感じる所でもあるし。だが、理論がなく勘だけで作れるものでもなく、計画性は必要。そこら辺の矛盾や二律背反はこの本の中で多く事例が記されていて、映像と言う芸術の奥深さを感じさせる。
最後の最後に

本テキストでしるした原則は厳守すべきものではありません。
(中略)
ひとつの技術を信奉してはならないのですが、ひとつの原則を掴む事ができれば、新しい技法なり手法、原則を生み出すことができるようになると思っています。

と、全否定しつつ全肯定するような、禅問答のような哲学が語られている。


技術的に深い本だが、たんなる説明書でもない。


技法の理論から入って、富野の経験を交えて、読者の感性にも訴えかけつつ、感覚的哲学的な深みに到達する本だ。
だから、とりあえずここで読了の記事を書くが、富野監督のアニメのように、折を見て再見していこうと思う。色んな再発見があるだろう。
また、この本をヒントに他の映画を見ると言う事も、面白いでしょう。
いやぁ、映画って本当にいいもんですね。

  • 追記:神と芸能について

本書の末尾に、「芸能とは古くは神に捧げる物であった」という文章があるが、ここが旧版とは少々違い、神様と言う物の存在に対する解釈が変更されている。
細かい違いだが、アベニールをさがしてやリーンの翼が好きな人ならより納得のいく文章であろう。

リーンの翼 2

リーンの翼 2