玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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小説版伝説巨神イデオンII胎動編

http://d.hatena.ne.jp/asin/4044101191
いやー。富野小説は面白いなー。飛び飛びで、仕事の合間に読んでたんですが。
えーっと、イベント的には、亜空間でのハルルとの戦闘、アジアンでのダラムやギジェとの戦闘(キャラルには寄らず、ここでキッチ・キッチンをやります)、ムーンランド(母星には降りず、コルボックも出ません)、ルクク・キルのガブロ・ザンのゲル結界とイデオンソード発現。

この巻の肝は、やはりキッチ・キッチンでしょう。1巻を読むと、コスモが割りと物分かりがよく、そのためにキャラの薄い少年になっていたのだが・・・。1巻のカミューラ・ランバンもテレビ版の事故に比べると全然薄かったし。が、小説版のキッチ・キッチンでそれ以上にやらかしてしまいました。ああああああああああ。
精神的にも肉体的にも痛すぎます。


小説版はアニメに比べると3冊だけなので、いくつかのエピソードのエッセンスを一つにまとめている印象です。つまり、撃破・ドク戦法もかなり色んな要素が詰め込まれていたんですが、小説版のキッチ・キッチンの件でキッチ・キッチンとの話、コスモのPTSD,ギジェとの決闘、コスモの重症、カララの輸血、イデの夢、を一挙にやります。痛痛しい。
感覚的に痛い描写は上手いなー。痛い上に疲れてうんざりで擦り切れて行くんだけど死ぬまでは死ねないって言うイデオン感。


キッチ・キッチンはアニメ版よりもかなり衝動的で情熱的な少女になっています。あと、アニメ版よりもキッチ・キッチンの行動が広く描かれているって言うのは、小説の方が楽に動きを書ける、というか動きを絵にしなくてもいいからか?
かなり刹那的な印象の恋でした。恋にもなってないけど、平和ならそうなっていたかもしれないと言う感じのソレです。上手く言えん。


キッチンの後、臥せったコスモを皆が見舞うが、カーシャだけは来なかったので、コスモがわざわざロッタに呼んできて貰って二人で話し合う所で、カーシャとコスモの恋愛になりきらない情の交感があります。若者らしく仲良くしたいって言う事に、戦闘のために気張って欲しいと言う気持ちもあって、人同士として傷を癒しあおうと言う気持ちと、男女の馴れ合いに馴染めない思春期の潔癖さもあって、気持ちがかみ合わない。互いに、そして同時に自分の中でも。たまんないな、こういうの。


ロッタが子育てについてコスモと談笑する所は暖かい。イデオンはたくさん人が死ぬ話なのに、その中で「将来自分の子供の面倒を見させたいからアーシュラには良い子になってもらわないと」って笑うロッタはすごいなあ。泣ける。


結構、恋愛や、家族などの地味な追加エピソードがありますね。
ズオウ・ハビエル・ガンデ大帝とドバ、ハルルの謁見シーンで、ズオウの度量の大きさと強さが描かれ、さすがのカリスマです。ハルルが結婚しない事をちくちくと言いながらも自分に忠誠を誓わせまする。圧力がスゴイ。
ドバ・アジバが出世したのは、完成したズオウ体制で軍を維持するための異星人対策を立案した事と、重機動メカの時代にジョングを実用化したことを大帝が気に入ったためとの事。ハルルがソロ・シップに対して、2巻の前半で既にジョングを使います。


ダラム・ズバがギジェに対してアジバ家の女に振り回された、などと言ったりモノローグなどで、ハルルを何故振ったのかということを語ります。ダラムカッコいいな!社長の娘と恋愛する苦労ですか。
ダラムビデオカードではなく、ハルルの手紙をダラムが見る、と言う風に逆になっています。ダラムよりもハルルに未練がある印象です。ダラムも未練があるんだが、それを表に出さない。だからこそ、ハルルは一方的に振られたと思ってこじれていくのだが。ハルルが絵に描いたようなツンデレというか、言いたい事と逆にツンケンするハイミスになっております。


小説版なので、心の内面も描かれるんですが、いまいち分かり合えない言葉足らずな感じがイデオンというか、トミノというか。


あ、モエラですけど、ラポーが序盤からみんなのおねえさん役の看護婦として出ているからか、特に恋愛をせずにモエラはやられます。かわいそー。
一応、やられるまえに子どもがエネルギー源になっているイデオンの中で、プロの軍人の判断力などが当てにされているって言う描写はあるんですが。
3巻の冒頭で死んだはずのモエラがブリッジで談笑していたと言う描写があり、明らかな書き間違い。ベントかハタリと書けばいいものを・・・。トミノはモエラに冷たいのだろうか?ヒデエ!まー、ギジェを乗せるためだったりするからなあ。
僕はモエラ好きですよ。カミーユにちょっと似てるし。
マヤヤやルククなど、出てくるけどスルーされるキャラは結構薄味です。ちょっとした描写はありますが。ギジェがマヤヤのようなやわらかい女性の方が固めのカララよりも良いかもしれないと思いついたり、ゲル発振機という謎兵器をテストさせられたルククの武者としての覚悟とか。
イデオンソードが出たらリアクションするヒマもなく昇天しますが。


また、これは恋愛ではないと思うが、シェリルとカララのライバル女関係がかなり多く描写されている印象。
単純に嫌い合っているとか苦手と言う以上に、気になるからむかつくって言う部分とか似ているから違いが気になるって言う、張り合う所が在る。互いに弱みを見せないようにと言う部分と、イデや状況に対して協力し合おうと言う部分が合って、バランスが面白い。


っていうか、シェリルさんがカララに向ける視線がエロい。

物静かに話すカララの頬はなめらかだった。(略)
カララらしいのである。好きな部分だな、とシェリルは思った。

カララはシェリルにすり寄るようにして囁いた。シェリルはカララがこうも馴れなれしくする事に不快感をおぼえながらも、背丈はカララの方が高いのかな、と別の事を考えていた。
(3巻より)

富野小説において、思春期の主人公が女性を観察して、尻がどうとか考えるのは多いんですが。イデオンでもコスモがカーシャとキッチンの顔立ちや体脂肪率のことを比べて印象付けたりと言う事は在る。
でも、女性同士でこういうことを考えるのはちょっと珍しいかな?と。
シェリルさんが男みたいにカララに性欲を持ってるって事はないんですが。やっぱり、雌同士の序列を決めたがる本能ですか?でも、一面的に序列だけの問題じゃないよな。好きだなって思うんだし。
うーん。
僕は女性じゃないから女性っぽい気持ちはわからん。
富野喜幸には分かるのか?


百合ではないんですけどねー。シェリル×カララはやっぱりアニメのときからなんとなく気になる。
あと、容姿について細かく分析するのが多いと言うのは、やっぱり富野監督的にも湖川友謙氏のキャラクターデザインの印象が強かったって言うことでしょうね。
スニーカー版の挿絵は全然違うけど。