玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

二千年代の創造神富野 III 大富野教・教祖、富野由悠季ではない


富野信者と呼ばれるファンがいるのは事実である。私もそうだ。前述の、私が富野映画を見た時にトランス状態になったという事も宗教体験と言える。事実、オウム真理教もアニメを多く作成している。幸福の科学の『仏陀再誕』の主演は富野作品にも多く出演する子安武人だ。今、大人気の京都アニメーションもかつては幸福の科学のアニメを作っていた。
 このように、宗教とアニメの親和性は高い。芸能と宗教は紙一重であり、快感と概念を感覚にねじ込む物だ。
 富野自身、オカルトや宗教に興味のある人間であり、一九九三年の『Vガンダム』等の作中でカルト教団を実際に描いている。オウム真理教の無差別攻撃の後、富野はオウムについてインタビューに答えている。

 富野は以前のインタビューで、オウムの上祐史浩のような幹部がテレビに出演し続けているうちにアイドル視されてしまう土壌を、メディアで自分も作ってしまったと語った。まさしくあの上祐も、人間の科学は自分の生きている間には進化しないと、宇宙開発事業団を辞め、ヴァジラヤーナを目指したのだった。


富野の発言「そういう気持ちは、ハナッから僕のリアリティですよ。アニメの中の架空の話ではなく、リアリズムで天誅はありなんじゃないかと思う。天誅を下せる立場に立てたらいいな、とも思ってます。僕はシャアのキャラクターそのものには愛着はないけれど、彼を通していちばん言いたいことをかなり喋っちゃったってのはありますね」

(「富野由悠紀ロング・インタビュー ガンダムの子どもたち」『別冊宝島293 このアニメがすごい!』、文・切通理作、宝島社、一九九七年)

だが、富野は宗教法人は作らなかった。富野も『ガンダム』『イデオン』の頃に「アニメ新世紀宣言」や「イデオン祭り」などのイベントを街頭で1万人ほどのファンを集めて行い、アニメファンのカリスマに成った事もある。が、彼はカリスマになった当時の自分について次のように述懐した。

「ファンに申し訳ないんだけれども、『ああそうか、カリスマを欲しがる人たちというのは、こういう人なのか』というのがわかってしまった。
(中略)
まさに信者を救う、貧しい人を救うのが宗教なんだという事がわかった時に、そういうものを必要とする人がいるということに対して、これは言葉にしづらいんですけど、”切ない”ものだなということです」
(『富野由悠季全仕事』一七七頁)

富野は宗教を「切ない」と言った。それは富野本人が大衆の生活力を恐れ、彼自身も大衆の一部であると自覚していたからでもあろう。富野はファーストガンダム当時、ガンダムの版権をサンライズに三十万円で売った生活者だ。『逆襲のシャア』で難民の英雄に祀り上げられたシャア・アズナブルは言う――「これでは道化だよ」
 これは大衆への恐怖だ。一九八六年の小説『リーンの翼』でも次のような文がある。

一人一人には、洞察力がなくとも、総体として凝縮された意思は、いつの間にか事態の流れを先読みする。
(中略)
自分たちの総意を代弁してくれる英雄が現れれば、容易に加担する。
自分たちの頭領として認めるのである。
そして、頭領であるがゆえに、民衆の総意のスケープゴートにもする。
(中略)
その結果、民意は、唯々諾々と新たな征服者に屈服して見せて、決定的な根絶やしに会うことなく、次の機会を狙うのである。
(『リーンの翼』第三巻、二四九頁、角川書店、一九八六年)

富野作品にはナチスに似た組織や、暴君など、全体主義的な支配者が登場することが多い。だが富野には、独裁者だけでなくそれを支えた愚民たちへの嫌悪と恐怖がある。
 二〇〇八年頃から、富野は『全体主義の起源』等を書いた思想家ハンナ・アーレントの思想に共鳴すると発言しだした。新装版の『リーンの翼』の書き下ろしの後半3、4巻にもアーレントの名と全体主義について書いてある。富野は『月刊ガンダムエース』の二〇〇九年七月号の「教えてください。富野です」で、フェリス女学院大学准教授の矢野久美子氏と対談した。アーレント論について、私ははっきりとはわからぬ。が、富野と矢野の対談や『リーン』の論調では問題は「全体主義には責任者がいない事」、「人の絆が分断され、個人が孤立し相互不信状態となり、論理構造に支配される事」である、と語っているようだ。つまり伝統や地域に根ざした社会規範を提供するビッグ・ブラザーがおらず、「ゼロ想」的に言えば狭い価値観が相互不信状態で乱立する状態。究極的には、個人が自分の損得のみを考え、自分の責任を何かのルールに転嫁したままで行なう決断主義的動員ゲームだ。(「スペシャリスト」という映画になったナチスのアイヒマン裁判を参照)
 その上で富野は「(そのような全体主義的な世相の中で)それが良い事なのか自分で考えろ」という。例えば、当初はクワトロ・バジーナに憧れていたカミーユ・ビダンが『新訳Zガンダム』でシャアを観察し続けた結果、発狂せずに終盤でシャアに逆らったような判断である。(機動戦士ZガンダムIII-星の鼓動は愛-の、シャアとハマーンの会見シーンなどの構図や、レコアの裏切りについてエマとファが議論する場面で顕著であるが、劇場版Zガンダムでは、終盤までのカミーユは観察者的なポジションを絵コンテやレイアウト段階から取っている。終盤では、シロッコとは違い、傍観者から行動者に変貌するのだが)
 そもそも、最初の機動戦士ガンダムの最後のテロップが

"And now... in anticipation of your insight into the future."
(そして、今は皆様一人一人の未来の洞察力に期侍します)

と、さりげなくファンを突き放すものであった。
 これでは拠所を求める信者の指導者にはなれない。富野はどうも、誰かの思想を信じ、殉じる者より自らを助ける者に入れこむようだ。思えば、富野作品の悪役は富野由悠季の本音が爆発したように思想が偏った者たちだが、主人公たちは性格が多少屈折していても思想的には平民だ。富野作品の主人公たちはどんなに状況が異常で、殺人を繰り返しながらでも、どこか倫理的で利他的な人が多いように感じる。「皆殺しの富野」の異名を持ちながらも、殺人を娯楽として扱う印象はない。むしろ、戦闘を観察し悩む中庸の人格の主人公が、特定の思想に偏った悪役に対抗する作品が多いように感じるのだ。
 この「自分で試行錯誤する」という態度は富野信者を名乗る宇野常寛氏が「現代は(人のつながりが薄れて)冷たいが、自由な人には良い時代になってきた」と言う所に似ている。が、半分は違う。
 なぜなら、富野由悠季は「自分の判断」をも常に疑っているからだ。富野は「一度反省したのだから倫理的である」という免罪符を持たない。「自分はガンダムの富野だから偉いんだ」とは口が裂けても言わない、と、最近は自称している。むしろ「僕は勉強のできないアニメ作家にしかなれなかった人間だから」というような自己卑下のような言動すら目立つ。それがただの謙遜や反省の免罪符でない証拠に、富野は宇野の言う以前より異なる価値観の場所に取材に行っては、その道のプロに殴られている。若い頃から天才と仕事をしていたからだろうか? 大学時代に自治会で六十年安保当時の政財界の大物を接待していたからだろうか? アニメ村ではなく社会に向かっていこうとする富野。
私が一番好きな富野の殴られ方は、月刊ガンダムエースのコラムの「教えて下さい。富野です」において、明治大学文学部教授であり臨床心理士の三沢直子氏に喰らったカウンター。

富野「お勉強だけができる男ってしょうがないですね。
(中略)
彼らの精神は未発達だったってことですよね。話は簡単で、赤ちゃんの時にちゃんとお母さんに抱っこしてもらいましょうって、それだけの話なんですよね。」
三沢「いえいえいえ。それしか言ってこなかったことが問題なんです。必ずそういう話になっちゃうでしょ。
(中略)
当たり前のことが親から子へと伝授されなくなっていて、その事を社会がちゃんと認識せずに、何もできない母親一人に子供を預けていたんです」
(『教えてください。富野です』、一七〇頁、角川書店、二〇〇五年)

うわぁ……。富野さん、還暦を過ぎても、自分の実績や自分のタコツボ的価値観の通用しない所にわざわざ出向いて行って、痛い目に遭ってる。
富野は定義することが仕事の批評家ではない。取材して恥をかき、その恥を出版し、次の作品の材料にする作家だ。もちろん、広い人脈は「ガンダムの富野」というネームバリューのおかげもあろう。「みんなの党」の渡辺喜美とも会った。宮崎駿程の大家というイメージを持たない、適度に売れてない感じも絶妙のポジショニングだ。
 しかし、その境遇すらも利用し、取材と勉強をやる。その過程で富野自身の意見も変わり、作風も何度か転向してファンを離したりもしている。「リアルでミリタリー志向なガンダムが好きだったのに、『Zガンダム』でオカルトに走った」、「カテジナのような黒富野キャラが好きだったのに、単純な自己承認恋愛に『Zガンダム』を改編した」等と、よく言われる。
 だから、そんな風に自己研鑽をして変化し、信者にも一人の自己である事を求め、信じたファンをいつも裏切り、導こうとしない富野は教祖には成らない。


第4章へ続く