「先行上映に行けない奴のことも考えてやれ!」って冒頭10分でケルベス・ヨー先生が言っていたのでネタバレはナシだ。
面白かったので良かったです!
初回上映を見てパンフレット2冊とTシャツ3枚とかと絵コンテ付きBDを2万円買ってきましたが、面白かったのでまた2週間以内に行きたいと思います。
でも、やっぱり富野アニメなので滅茶苦茶密度が濃くて濃密でした。なので、ダイターン3の感想を夜中の1時まで書いて、興奮して眠れなくて3時間しか寝てない状態で初回を見たので、2回目を見る気力が無くて帰ってきました。それでパンフレットの要点インタビューだけ読んでみた。
- 濃い
とにかく濃い。密度がすごい。
アニメ評論家の藤津亮太さんはGのレコンギスタの冒頭10分について
富野監督は部分から入って、次第に全体像が見えてくる順番で語ることが多い。「現実」というのはそこまでわかりやすく整然とはしていないだろう、という気持ちがこういう導入の作り方の根底にあると思う。
また富野監督は、そのカットが、キャラクターの決まり切ったポーズ、アニメーターの描きやすいポーズから始まるのを嫌う。そうするといかにも段取り通りにお芝居をしているようになり、意味のない「間」が生まれるからだ。とはいってもアニメーターが作画をする場合は、お芝居の最初から順番に描いたほうが描きやすい。
そこで富野監督は、カットの頭の部分を編集してしまうのだ。こうすると芝居の途中からカットが始まることになり、無駄な間がなくなって画面に動きが生まれる。この動きは、映像を活気づけるだけでなく、「カメラが回る前からそのキャラクターが存在していたかのような」生々しさも感じさせることになる。
http://netallica.yahoo.co.jp/news/20140811-00000008-exrev
っておっしゃってたんだが。オープニングテーマとエンディングが無く本編映像が1,2,3話とぶっ続けで上映された70分(1300円で実際安い)の先行上映バージョンも、全く「無駄」「間」「箸休め」のカットが無い。
これはアニメーションとしてとにかくグリグリ動きまくると言うわけではない。むしろ止め絵やリピート動きやジワPANのゆっくりしたカットでも、画面の隅々まで意図がいきわたっていて、情報量が半端ない。誰かが手前でしゃべっていても奥で動いている人の表情や佇まいにも興味が引かれて再見性が高い。人物だけでなくメカのディテールや建築物、調度品や背景美術などにも興味のフックポイントが設けてあるし、超未来の独自の世界を眺めるだけでも楽しい。超未来と言っても全部が全部メカニカルと言うわけではなく、人間が自然の木や石を加工して生きているオーガニック的な生活感のある建築物や景色があって、その、機械文明だけではない「彼らの文化」そしてそこから導き出される「世界観」が感じられて、常にそう言う作中の現実ががむしゃらに来るしって感じでした。
――絵コンテの話が出ましたが、富野監督のコンテは丸チョンで書いてあったからこそ、アニメーターの力量が試されたわけですよね。今回のコンテは色鉛筆まで使って綿密に描きこんでありますが?
はい、本当は、あんなにも描きこんではいけないんです。だけど、これだけ現場を離れていると、あのプロセス(絵コンテの描きこみ)を踏まないと復帰できないという感覚がありました。
絵コンテに話を戻すと、丸チョンに戻すべきなんです。そうでないと、週1本という制作ペースに耐えられませんから。こんなに時間をとられる作業は、コンテ描きではなく、いわば設定作りです。
――建物の形から、花火の色まで克明にコンテに描いてあるんですよね。
そこまで描かないと、コンテを切れなくなっていたんです。以前は、もっと曖昧にコンテを切っていたはずです。だけど、曖昧なコンテでは許されない制作スタジオ側の状況があります。『機動戦士ガンダムUC』を作っていたスタジオ(サンライズ第1スタジオ)ですから、「フレームの四隅まで全部設定がないと、描けません」という要求がスタッフから出てくるわけです。
――絵コンテにすべて描きこまないと、今のスタッフは絵を描いてくれないという意味ですか?
それだけではなく、「設定までコンテに描き込まないと、世界観が劇として定着しない……」という妙なことが起きてしまっているのです。アニメって、もっと気楽に作れていたんだけど、今はそういう部分がなくなってしまい、正直言うと苛酷に感じています。
http://akiba-souken.com/article/anime/21122/
絵コンテレベルですごく意図が描きこんである…。最近のアニメは絵コンテが緻密って言うけど、他のテレビアニメの数倍の情報量があった…。
まあ、その分、ちょっと寝てない状態で見るとしんどい部分もある。でも、見ている間は富野監督の編集の上手さで流れを誘導されたので、あっという間にするするっと楽しく見れたし、元気のGだ!!!という高揚感があった。すごくよかった。
でも、見終わってちょっと落ち着いてパンフレットを読み返していると集中して見ていた眼球とか脳がしんどくなってきた。見ている時は脳内麻薬が出て興奮状態だけど、あとから動きを思い出したり人間関係を整理したりしてると疲労が出るタイプのアニメ。
なので、2回目以降はまた今度行きます。舞台挨拶もまだあるし。
で、そんな濃さなんだが、昨日に「ダイターン3」を見終わって「富野アニメは中だるみするから打ち切られた方がちょうどいいんじゃないのか」とか「ダイターン3って実質1クールで主要な話を再構成できるよな」とか思っていたんですが。
Gのレコンギスタ、富野監督が全話脚本を書き上げ済み(絵コンテで変えるけどね――)なので、シリーズ構成が監督の中で組みあがって全体を見渡して2クール26話のテレビアニメとして放送予定ですが。
どうも、映像のスピード感や密度やイベントの盛り込み件数を見るに、
「3クールか4クールの内容の情報量を2クールに圧縮してる。」という、テレビアニメなんだけど圧縮形式は劇場版モードという、富野編集マジックがぶち込まれていて、本当にこってりとしている。まるで光子を圧縮したフォトンバッテリーみたいだ。
この緊張感と密度のまま2クールを駆け抜けたら、「ガンダム Gのレコンギスタ」は確実に伝説になる!!!!と確信しました。ハイ。
でも、イメージボードとかを見たら5話あたりで水着回を入れてくる感じなので、そこら辺でチューニングするのかもしれん。
- 濃いのだが面白い
そして、濃いとか情報量が多いといっても、説明セリフとか宇宙エレベーターの学術的な意味とか思想がどうのこうのと言うのは少ない。いや、一応最低限のSFメカの仕組みの説明はしているのだが、その説明が自然な会話の中に織り込まれる脚本のこなれ方が尋常ではないので、「説明セリフ」という退屈な「間」がない。そう言うわけで、また濃さに拍車がかかる。また、説明セリフとか人物の関係や報告連絡相談の必要な情報を出していく台詞であっても「そのセリフを言うことでこいつはどう立ち回ろうとしているのか」「こいつはどういうやつなのか」というメタ情報が台詞の裏に芝居として立ち上って透けて見えるので濃いし、キャラクターにも肉付きがあって見える。
まあ、これは富野アニメの特徴としては今までの作品でもよく言われていたことなので、別に今作だけが特別と言うわけではないのだが、「富野監督も72歳だし、最近ちゃんとアニメ作ってなかったし、パワーダウンしていたらどうしよう」っていう懸念はあったのだが。今回見た感じ、演出の冴えはかなり調子が良い時の富野という感触を得た。もちろん、僕は圧縮アニメが大好きでZガンダムの「星を継ぐ者」の「スピード感がちょうどいい」とか言っちゃう偏った趣味の富野オタクなんですけどね。
で、濃さの話なんですけど、ずっと濃くて単調、と言うわけではないんです。
徹頭徹尾似たような温度で会話や設定が続くとか、逆にずーっとバイオレンスやクリフハンガー&脱出が数珠なぎになるようなアクションの連続と言うわけでもない。
ずっと濃いことは濃いんだけど、濃さの質、溶けているものの種類がシーンごとに違う、という感じだろうか。
つまり、ずっと大量のとんこつ味のラーメンを食っている濃さとは違って、フランス料理のコースのように「一定のおいしさの濃さ」を保ちつつバラエティ豊かな料理が次々と出されるような、アニメの満漢全席や!!!!
じゃあ、どういう品目があるのかって言うと、それはネタバレになるから言えない。
だが、1話冒頭10分だけでも「シビアな宇宙」「宇宙空間を突き進む宇宙エレベーター」「学園での先生や先輩との関係」「ガールフレンド集団」「謎の女の子」「新設軍事組織」「噂の宇宙海賊」「宗教」「南米の大自然」の要素がある。
また、感情としてもベルリだけとっても「はきはき元気に授業を受ける」「ドキドキ宇宙実習」「イチャイチャ女の子とへらへら」「優等生だけどうっかり者な所(うっかりロープの端で指を切ってしまう)」「厳しい先生や大人に対してもへこたれない」「噂の宇宙海賊のパワーへの興味」「宇宙海賊とのシビアな戦いへの恐怖」とか、喜怒哀楽、和やかムードとシリアスモード、プライベートとフォーマルのリアクションのバリエーションが描かれている。
そしてもちろん、3話まで物語が進むともっと色んな人との関係が絡み合ってドラマがスタートしてベルリもアイーダもラライヤもノレドもルインもマニィもクリム・ニックもいろんな顔を見せてくれて、すっごく面白い。
音楽に例えると、全編にわたって一定の音圧はあるけど、楽器の音色が次々と変わって、時にスタッカート、時にリフレイン、という彩色されたオーケストラと、アニメーションは例えることが出来るなあ。と、思い、そのような多様性と創意工夫と、それを取りまとめるコンダクターの指揮の豊かさは芸術品だぞ!とおもえる。
- アニメ演出として
富野演出以外の演出も取り入れているのがすごい。
ネタバレになるから言わないけど。
公開されている冒頭10分でもノレドが出崎統演出の3回パンのように3段ズームになる演出があったが、そのあとも出崎統的な印象的なカットインがあって、うわあー!富野監督は自分の持ち駒以外の手札も繰り出してきているううう!!!
いや、
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第一話「謎のモビルスーツ」
演出・総作監は吉田氏、演出に井村氏(8stの方ではない)
第二話「G-セルフ・起動!」
演出は森氏。総作督表記はなし
第三話「モンテーロの圧力」
演出は綿田氏(!)
T口氏が企画、仲氏がデスクに昇格
ということなので、富野監督は全話脚本で、3話までは全部斧谷稔絵コンテだけど、演出にはほかの人の手も入っている。
でも、総監督だし…。
また、2話か3話では現在放送中の西村純二監督のグラスリップみたいな青少年の男女の快活なジャンプアクションをハーモニーにならない程度のさりげないスロー気味のアクセントで演出したカットもあって、印象的。
なので、富野監督は72歳の老人だけど、(西村監督も59歳だけどさあ…)若い萌え系アニメで用いられるような少年少女の見せ方、みたいな手練手管も繰り出していく、あるいは演出スタッフのそう言う若手の意見も潰さないで採用する、と言った事をやってるのかもしれないなーって思った。
AKB48や韓国ドラマみたいな要素も取り入れるって富野監督はおっしゃってたし。
御大が渡邊哲也を鍛えた結果TVアニメ『君が望む永遠』が生まれ、『君が望む永遠』が生まれた結果『冬のソナタ』がムーブメントとなり、御大は韓流を意識して自慰セルフを作る。巡ってるな!∀だな!
https://twitter.com/K_Jovinny/status/500252345934942210
まあ、実際の制作現場は知らないし、そんなにスマートに決めた通りのものが計画で完成させられるわけでもないと思う。
が、パッと見ただけの印象では確実に「若さ」「元気」「躍動感」「広がっていくワクワク冒険の予感」は感じられた。まあ、僕も30代で若くはない。だから、僕が若さだと思う物は若さではないかもしれず、富野監督が見せたいという「お子たち」がどう受け止めるかはわからない。
しかしながら、僕が「お子たち」だった21年前の小学生時代の機動戦士Vガンダムは「なんだかひどいことが起こっているけど、なんだかわからないなりに毎週気になって見る」というスタンスで見ていた。
で、今回のGレコはその頃の「なんだか引っかかる感」がVガンに共通しているんじゃないかと思った。だが、Vガンダムは半ばやけっぱちになって露悪的だった面もあるが、GのレコンギスタはVガン以降のエヴァンゲリオンとかブレンパワードとかの観測や自己反省も踏まえたうえで作っているらしく、シリアスとコメディー、メッセージ性と娯楽のバランスには気を付けているんだろうという感覚もある。
今回かったパンフレットには∀ガンダムに対しての自己批評のインタビューも乗っていた。なので、そういう色んなものを踏まえての新作である。
- 脱富野
そう言うわけで、富野監督作品だし、密度の圧縮とかセリフ回しとか、思いっきり富野アニメなんだが、「これまでの富野ならやらなかったんじゃないのか?」というワザもあった。
特筆すべき所だけ抜き書きすると、シリアスと笑いのバランスと言う点。これにおいてはダイターン3やザブングル、ガンダムZZあたりがその両方を描こうとしていたと思う。
だが、正直、富野作品におけるギャグは浮いてる場面が多かった。から回っていた所もある。
なのだが、今作ではそのような前述の作品のコメディーシーンと似たようなシチュエーションがいくつかあったのだが、「ギャグシーンだけどリアリティレベルが嘘くさく空回らない」というか、変なことが起きているんだけどそれもGレコらしさという空気の一ピースとしてきちんとはまっている感じがした。
これは演出だけでなく作画でギャグのくずしとシリアス絵柄のバランスの微調整をしたアニメーターの絵描きとか、修正作画監督とかのさじ加減なんだなあ、と思い。
富野作品でもアップデートしてるな、と感じてうれしくなったんですよ!
- 脱ガンダム
富野監督のガンダム卒業宣言は宮崎駿監督の引退宣言よりも多いので、正直何度目だよって感じですが。
ガンダムを総括して未来の世界に行った∀ガンダムですら、今の富野監督から見ると「ガンダムを総括しようとすることでガンダムに囚われていた」らしい。
じゃあ、Gレコは宇宙世紀と∀ガンダムの時代の間の時代という設定だけど、そこで「次」とか「他のもの」になるってどういうことだよ?って思うんだけど、それは続きを見るしかないんだろうなあ。
まあ、日本の時代劇も平安時代もあれば戦国時代もあり、江戸時代もあるので、∀ガンダムがいちばん未来だからその間の時代は逼塞していて物語る価値が無いのかと言えば、そうとも言えない。
だが、年表の穴埋めはガンダムに囚われていると思う。
また、デザインや設定を借りたアナザーガンダムもガンダムに囚われている。
富野監督は基本的にガンダムの新作は未来の方に向けて順番に作っていたのだが、今回は∀ガンダムから(Z劇場版を経由して)中間の時代を描くことになった。
それで、ガンダムワールドの中で脱ガンダムをするという。
全く想像が付かない。というか意味不明だ。
だけど、やっぱりそういう「何をしでかすんだ富野!」というのが富野作品の新作の一番の醍醐味なので、「やらかし案件」を期待しつつ、ワクワクしながら10月の本放送に備えたい。
あと、キャラクターたちも3話まで見ると、全員「何をしでかすかわからない、どこに行くかわからない」奴らなので、本当に油断が出来ない。
だけど、吉田健一さんのキャラクターと、メカのあきまんさん形部一平さん山根公利さん、あとデザインワークのコヤマシゲトさん西村キヌさん、そのほかいろいろデザイナーの方々、一枚一枚の原画動画仕上げなどスタッフの方々の手による絵は見ていて心地いいものだったし、「何が起こるかわからないけど見たい」って感じはすごくある。
- 作画
完璧とは言いがたいが、僕は好きですよ!と言うラインです。
本放送までにリテイクもあるだろうし。
キングゲイナーは超名作だけど、作画がよくない回もあった。今回は3話までのアベレージを保ってなんとか最終回まで完成させていただけると、伝説になると思う。
あと、線の鉛筆っぽさを出すためにざらつかせる手法が用いられているらしく、のっぺりしたアニメに慣れていた昨今、意欲的な試みで評価したい。ロボットアニメだけどメカメカしくなり過ぎない、生活環や文化に密着しながら、でも広い世界の冒険を目指すという一風変わった作風のGレコには似合った手法だと思う。
- Gの閃光
エンディングテーマ?
いい。
口ずさみたい。
みんなで歌おう。
挿入歌も変だけど、良い。井荻麟の人生観が込められている。
物販のTシャツの背中には歌詞が書いてある。
格言系ラーメン屋の店員のTシャツみたいだ…。
そんなわけで、きょうはこれくらいにして。