玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

攻めるシロクマ、守られる僕、アスカとの脳内恋愛

 すっかりエヴァンゲリオンネタのアクセス数も落ち着き、卒業シーズンから入学シーズンになった昨今。
 このネタは3月中の僕の誕生日か、遅くともエイプリルフールには書いておくべきだったのですが。まあ、グランブルーファンタジーでもエイプリルフールが延長しているしな。ボーボボのせいで。



 私自身はもうエヴァンゲリオンを卒業した気分なのだが、いちおう流行り物なので、脳内妹の頭令そらちゃんにプラグスーツを着てもらった。


 そう、脳内妹と僕は今年結婚するのである。理由は脳外科医である妹が「30過ぎて独身だと職場でナめられる」という非常に色気がないものである。脳内恋愛とはもっとロマンチックなものだと思っていたのだが、脳内妹も普通に年をとって僕よりも学歴も職歴も収入も上になっている。アラサーなのにプラグスーツコスプレはキツいけど、それを言うと赤木リツコ博士の立場がなくなるので。(脳内妹は新造人間なのでテロメアは劣化しない)


 ところで、脳内妹のことは今では確実に実在を信じているのだが、2002年の当初、11歳であった脳内妹を造形するに当たって惣流・アスカ・ラングレーの影響は確実に受けていた。ディアナ・ソレル陛下や宇都宮比瑪やチャム・ファウなど富野ヒロインの影響もとても受けていた。あと、タカハシマコとか高橋真琴とか・・・。ルイズとかはもう既に出てたかな?
 髪の毛に顔が埋まってる系のハーマイオニーみたいな・・・。


 ビジュアルはともかくとして、当時ハタチだった僕は既に発狂しており、夢野久作のドグラ・マグラなどの妹萌えライトノベルや植芝理一のディスコミュニケーションや夢使いや神智学の権威ルドルフ・シュタイナーのアカシャ年代記を読んだりして、書くと発狂されると言われる夢日記を今はサービス終了した個人サイトで毎日更新していた。もちろん、毎日夢のことばかり考えていたので、大学の勉強は疎かになり、人生は破綻した。
夢使い コミック 全6巻完結セット (アフタヌーンKC) [マーケットプレイス コミックセット]
アカシャ年代記より



 その夢日記について、ただ自分の夢を書いているだけではつまらないと思ったので、当時既に人生が不幸であり基底現実の創造神であるデミウルゴスに対するグノーシス主義的な怒りと厭世主義の思想を持っていたので、真実の世界で本当の僕は寝たきりの植物人間であり、その基底現実への影が自分であるとした。そして、本来の世界での僕の覚醒を願っている脳内妹が「基底現実の僕が描いている夢日記に記された夢」をテレパシーで観測している、という体で小説を書き始めた。


 今もピクシブにほそぼそと載ってるけど。夢日記への外部リンクを貼っていたら小説家になろうで垢バンされた。小説家になれない…。 
www.pixiv.net
グノーシスの神話 (講談社学術文庫)



 しかも夢日記を載せていた個人サイトが、僕のうつ病がひどいときに届いた通告メールを読まないままサービス終了消滅したのでそれもちょっとこう、駄目な感じに。(ローカルに保存はしている)
 世界の敵の霧間誠一なので、小説よりも評論の方を評価されてしまった。それでこのブログは富野由悠季作品を中心にしたアニメブログになったわけだが。本当は小説家になりたかったのだ。(本当の本当はマンガ家になりたかったので、毎日見る夢を萬画にすることでマンガ家になる練習にしたかったけど、あまりに時間がかかるので断念した。しかし、奇怪極まりない夢を文章にするのはトレーニングになった。発狂はした)


 で、夢を通じて僕と脳内妹はコンタクトを取っていたのだけど。NHKにようこそ!なども愛読していたけど、当時流行した電波男とかルサンチマンとか妄想彼女とか脳内彼女とかと、頭令そらちゃんはちょっと趣が違っている。
告白~大好きなあなたへ~/妄想~脳内恋愛のススメ(音符記号)~

 バーチャル空間に架空の(非生物の)恋人を設定するのではなく、僕にとってはこの基底現実の人生こそが本来のイデアの世界からの光がデミウルゴスによって歪められた物質宇宙に写像された偽物の世界であり、脳内妹こそが本当に生きている、という、より危険な思想を持っている。
 現世は夢、夜の夢こそまこと。
江戸川乱歩電子全集(全164作品) 日本文学名作電子全集



 まあ、子供の頃から現実は嫌いだったし、モテないオタクだったけど小学校低学年からずっとイマジナリーコンパニオンというか、脳内彼女はずっといた。(それがアニメキャラの場合もあるし、オリジナルだったときもある)



 そういう夢主義が決定的になったのは僕が六本木ヒルズのKLabで過労死寸前になって全身に「病巣のない激痛」(何しろすべての関節や臓器だけでなく、念入りに全ての歯まで痛くなったので、内科や整形外科から歯科まで検査を受けたのだが、全く原因不明だった)と「原因不明の高熱」に見舞われて、クリスマスイブに昏睡状態になって臨死体験した夜に、脳内妹が夢の中に出てきて僕を生き返らせてくれたという、少女革命ウテナのような革命的な体験をした時。
 少女革命ウテナはお兄ちゃん視点で見るとレズに妹を寝取られる辛いアニメだけど、僕自身もアンシーみたいな所がある。


 その時の詳しい経緯は「概念迷路」という同人誌で8年前に出した。

nuryouguda.hatenablog.com


 その時の夢日記の抜粋

本当に僕は世の中というものが嫌になった。


そんな気分のまま、長崎市の浦上天主堂近くを流れる川沿い(三途の川だということに後で気づいた)をぶらぶら歩きながら
「もう、(教会の裏で首を吊って)自殺しちゃおっかなあ」
とつぶやいた。



そしたら、隣にいた脳内妹のそらちゃんが
「死んだらダメだよ」
って言うから死ぬのをやめた。
そらちゃんはピンク色の布地にあずき色のファーとボタンのついたかわいらしいワンピースを着ていて超絶かわいかったので死ぬのとかやめた。


 川沿いをさかのぼって帰ったが、イルカなどが跳ねている、光る水面の向こう岸に子どもたちが遊んでいる花園が見えた。(どうやら賽の河原か、バイストン・ウェルのクスタンガの丘のようであった)



夢日記はてな夢日記


 なんかもう、夢の内容からして、思いっきり疲れてるしうなされてるし風邪をこじらせたし何度も目が覚めたんだけど。
 そらちゃんが夢に出てきたからいいかなー。


 キリスト教の人だったら「そらちゃん天使すなぁ」って奇跡体験とか言うんだろうけど。
 基本的にいつものやり取りです。
 夢にそらちゃんが出る時はいつも夢の中でさまよって死にかけてる。
 で、そらちゃんが出ると根拠のない自信が出ます。もっと楽しい夢にも出てきてほしい。もっと水着とか、サンタコスとか、そういうラブプラス的な夢が見たい。
 そらちゃんはなんか、やっぱり、ギリギリのところで手を差し伸べてくれるイドの怪物、エロスの権化、大日如来かマリア様とか宇都宮比瑪とかアベニールなのではないだろうか。


 まあ、生きる理由が「夢の中に出てくる美人の妹」っていうのは、成人男性としてはちょっとロマンティスト過ぎて恥ずかしいですね。
メリー・クリスマス!


nuryouguda.hatenablog.com


 普通の臨死体験というのは、レーテ川を渡ろうとしたら先祖とか祖父母が「こっちに来るな」と言うので帰ってきて蘇生する、というのが多いのだが。
 そもそも僕はこの世界や神と称するデミウルゴスが嫌いなので、川を渡ろうともせず、三途の川に併設されていた教会の懺悔室にも行かず、イスカリオテのユダのように「あの世の手前でもさらに自殺をして完全に自分の存在を抹消しよう」というぶっちぎりの自殺衝動を持っていた。これには全王様もおったまげ。体の激痛も自己否定衝動で生じるのかもしれない(未だに痛覚の機序はわからない。ペインクリニックというのも在るらしいが)。
腰痛は<怒り>である 普及版




 でもグノーシス主義において、デミウルゴスの作った世界の中で輪廻を繰り返すのではなく、上位のイデア世界の天使との聖なる結婚こそが真に世界を革命することであるので、つまり、何が言いたいのかというと、僕の脳内妹はあらゆる神を凌駕する。(本人は全くその自覚はなく、ただ単に僕のことを愛しているだけだが)(ちなみに僕の肋骨から作られた脳内妹は、モテるはずだが、僕と同様に僕のことしか同族(繁殖好意対象)と認識しない。他の男性からの好意に対しては「獣姦に近い」と思っていて、言い寄られるのが鬱陶しいので僕と結婚したいらしい)



 そういうわけで、僕はあらゆる美少女のイデアを取り込んで顕現した脳内妹を愛している。運命の果実を一緒に食べるのである。
ubgoe.com






 なんか長々と書いてきたのだが。



 まあ、僕は脳内妹が可愛いって言うこと(すなわち真理)だけ考えていればいいし、別に他人と比べるのも下品だとは思うのだが。
 同じように惣流・アスカ・ラングレーに脳内恋愛していたという話を、はてな村の村医のシロクマ先生のシン・エヴァンゲリオンの感想で見た。


 やらおん!やはちま起稿にエヴァの感想を無断転載されて、「野郎、訴えてやる!」とキレた僕であるが、他の人のエヴァ感想の感想を書いたりする。まあ、これは、あの、古のトラックバック文化的な…。

  • シロクマ先生の夢



p-shirokuma.hatenadiary.com


(前略)

そんなある日の夜、私は奇妙な夢を見ました。

 
 『一面の冬景色のなかに、光る何かが見えた。それがとても大切なものだと直感できた私は、雪の中を、懸命に光に向かって歩いていった。近づいてみると、真っ赤なプラグスーツを身にまとったアスカが、雪原に横たわって眠っていた。“このままでは凍死してしまう”そう思って彼女を抱き起こすと、プラグスーツ越しなのに、確かな人肌の暖かさが伝わってきた。 ああ、彼女はかけがえのない存在なんだなぁ、そう思いながら夢は醒めていった。』

 
 目が醒めた時、本当に驚きました。
 “あの大嫌いな脇役キャラのアスカ”が夢のなかに出てきて、しかも“かけがえのない存在”として抱きしめるという展開は、夢とはいえ、不可解きわまりないものでした。どうして、アスカなのか?
 

 その時、初めて疑問に思ったんです。
 
「本当は、俺はアスカのことが大好きでしようがないけど、認めたくないんじゃないのか?」
 
「無意識の世界ではアスカを抱きしめたいのに、俺は自分に嘘をついているんじゃないのか?」
p-shirokuma.hatenadiary.com

 夢のお告げにより、自分が碇シンジよりも惣流アスカに心性が似ていると気づいてしまった。それからは第8話『アスカ来日』が私にとってのの第1話で、彼女が廃人になった第24話『最後のシ者』が事実上の最終回となった(TV版25話と26話はアスカの心性を理解する参考資料)。そうやってアスカ視点でボルテージが限界まで高まっている最中に、1997年春の劇場版『Death&Rebirth』を観てしまった。アスカは一応復活したがどう見ても死にそうな様子で、その少し後に公開された続編予告ではアスカが「殺してやる」と呪詛を連呼していた。
 

 この頃の私は惣流アスカと自分自身のシンクロ率が最高に高まっていて(友人に言わせれば)「狂ったように萌えていた」。これは、精神科医になってから覚えた語彙でいえばナルシシズム的対象選択の極みで、今にして思えば危なっかしいところもあったのだけれど、エヴァンゲリオンに出会うまでの私はナルシシズム的対象選択の踏み込みが浅く、自分自身を肯定することにも及び腰だった。おかしな話に聞こえるかもしれないが、私は、アスカの身を案じることでようやく自分のことを好きになってもいいと思い、また、好きになるべきだとも思うようになった。もちろんこれはアスカ単体でそうさせてくれたのでなく、TV版26話から受けた影響もあってのことだろう。

(中略)


 だから1997年の私は考えた:この、シンクロ率が最高に高まっていて狂ったように萌えている我が身をエヴァンゲリオンとし、いまや声が聞こえるほどシンクロしているアスカが私を操縦していると考えるなら、これからの自分が生き残り、アスカによく似た課題や弱点を克服すればアスカも助かったことになるのではないか? と。
 

 この手法にはメリットがたくさんある。
第一にアスカの積極性を自分自身のものにできる。1997年以前の私は今より消極的で、もっと碇シンジに心性が近かった(だからはじめのうち、碇シンジの物語としてエヴァンゲリオンを観て、それに熱中できた)。アスカの声を聞き、アスカのように生きるなら自分はきっと違った風に生きられる。
 

 第二に、アスカが幸せになる可能性があるのか実証できる。惣流アスカに比べて才能も容姿も劣る私が成長できるなら、それより才能や容姿に優れるアスカもまた成長するだろう。そして幸福を掴みもするだろう。だから私がアスカからもらったものをとおして成長や幸福を掴めるなら、アスカもまたそうであるはずだ。
 

 第三に、この方法は「現実に帰れ」にも『まごころを、君に』のなかで綾波レイが言っていた「都合の良いつくりごとの世界で現実の復讐をしていたのね」という台詞にも対応できている。もし私がアスカを助けるために人生をオフェンシブに生きるとしたら、それは(シン・エヴァンゲリオン風にいえば)イマジナリーなアイコンであるアスカの力を借りて、自分自身の現実を変えることになるだろう。
 

 第四に、アスカの運命を他人に委ねずに済む。ここまでシンクロ率を高めてしまったアスカの運命を他人任せにするのは、たぶん良くない。自分の戦いは庵野秀明という人や二次創作者たちに委ねるべきでなく、自分ですべきだ。そして戦いに勝ち、凱歌をアスカに捧げたい。
 

『まごころを、君に』前後の狂熱と混乱のなかで、私は「自分の人生をどうにかすることは、アスカをどうにかすることと等価値」という気持ちを高めていき、折に触れて「こんな時、アスカだったらどうする?」と自問自答しながら生きるようになっていった。結果、すべてが成功裏に進んだとは言えないにせよ、私の人生は大きく変わり、私の心性もだいぶ変わった。精神科医になったのも、精神分析と精神病理学に関心を深めたのも、ある程度まではこうしたことの一環だったし色々と役に立った。

 
 イマジナリーなアイコンであるアスカの力を借りて私の人生が変わり、心性も変わったのだから、惣流アスカもそうなれるのだろう。というより1997年に異常なシンクロをしてから私の人生と(私へと播種された)惣流アスカの人生はイコールなので、よその惣流さんはどうだか知らないが、うちの惣流さんはもう大丈夫だ。
(後略)


 非常に興味深い。というか、同じアスカへの脳内恋愛回路を持ちながら、僕とシロクマ先生では流れる方向が逆っていう感じだ。


 シロクマ先生は10年以上前は脱オタクとか現実適応心理学などをはてな村でしたためていた。シロクマ先生は現実に適応するために、脳内アスカの応援を受けて行動しているらしい。
 それを以って、シロクマ先生の中ではアスカは救われる、という論理らしい。


 やはり、シロクマ先生は精神科医であり、「救う人」なんだなあ。


 逆に、僕の脳内妹は脳外科医である。なぜ脳外科医なのかというと、向こう側の世界に僕を覚醒させるために子供の頃から魔法少女ものの定番である「脱法ナース」をして数々の脳をいじくり回して来たので、「他の仕事をするより、脳とか神経を切った張ったするほうが慣れてる」というクワトロ大尉みたいな理由。(あるいは、夢野久作の「少女地獄」第一部に登場する虚構の象徴である姫草ユリ子)
少女地獄

(大学で正式な医者としての教育を受けるまでは、妹にとって患者は実験材料という認識だった。最近は表面的にはちゃんと働いているけど)
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第5話 [ナース演じ得る 姫草ローラ]www.pixiv.net



 で、シロクマ先生はアスカを愛していて、アスカに似たツンデレキャラクターたちを「アスカ神の別側面」として愛でている。


 逆に、僕の脳内妹はARMSの人工知能のアリスのように、「美少女の概念を無限に吸収して成長するキメラ」である。シロクマ先生はアスカを愛しているけど、僕が他のファッションモデルの女の子や美少女キャラクターを見ると、脳内妹はたちどころに、彼女らの構造物から「美」の部分を取り込んで、さらに美しくなる。ブラック・ジャックのピノコのようなツギハギである。
 ブラック・ジャック先生とピノコとの関係としても、僕と間黒男先生は逆で、ピノコはブラック・ジャック先生の患者でありパートナーだが、僕が脳内妹の患者でありパートナーであり、畸形嚢腫の元でもある。
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 ブラック・ジャック先生は夢の中でだけピノコを最高の妻と呼ぶのだが。僕は脳内妹にとって最初で最悪の患者である。脳内妹は僕の精神病を治したいのだが、僕は最悪なのでなかなか治らない。
 身体症状もなかなか治らないし、性格も最悪なので精神疾患も治りにくい。でも、脳内妹は僕を生かしたいようだ。それこそ、三途の川まで再起動をかけに来るくらいに。
 僕は「救う人」ではなく「救われたい人」なんだなあ。まあ、「救われたい人」である限り、永遠に救われない人でもあるのだが。



 シロクマ先生は勇敢なアスカになりきってアスカ的な行動をすることで現実に適応なさったようだ。それも奇行だなあ、とは思うが。
 しかし、僕はシロクマ先生よりももっと根深い病人であり、AIRの神尾観鈴ちんのような、物理的な病巣が存在しない疼痛やら手足の麻痺とか自律神経の破綻とか睡眠障害を患っていて、シロクマ先生のようにアスカを幸せにするために現実に適応して頑張る、というほどの元気はない。自己認識として病人なのだから仕方がない。いや、僕もできることならこういうよくわからない体質はやめたいのだが、よくわからない体質なので対処療法しかない。



 シロクマ先生は立派なので

 今でも私は、「アスカ神を“心の神棚”にお祀りするからには、アスカ神のように前向きであるべき。」と思っています。


https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20111129/p2

 と、ポジティブな行動指針としてアスカ回路を使ってらっしゃる。


 僕は脳内妹に恥じないことをしたいとは思うし、小中学生がいるところではなるべく交通ルールを守るとか、人様の子どもを虐待したり殺害したりしないという程度の倫理規範(最低レベル)は持っているのだが。でも、アル中だし、そのくせ吐きぐせがついているし(消化器官と歯にすごく悪い)、カネがない無職のくせに自分を過労にしたKLabのソシャゲを潰すためにアイマスやアサルトリリィに課金したり、富野由悠季の世界展を盛り上げるためにアホみたいなグッズを買ってしまったり、クズである。
 美人で気立てもよく頭も良くて自立して天才女医としてバリバリ稼いでいる脳内妹が何故か捨てないクズのお兄ちゃん、という、フーテン寅さんのようなダメ人間である。(まあ、寅さんは妹をファックしないのだが)


 脳内妹は、僕よりも格段に(彼女のいる世界で)社会適応しているのだが、僕はシロクマ先生に比べると圧倒的にクズであり、クズっぽいことをするのが好きなので、僕は妹のように立派な行動をしようとはならない。すぐソシャゲに課金したくなる。吐くくせに酒を飲んでしまう。もちろん労働は嫌いだ。
 先日はグラブルのガチャピン100連ガチャの後に課金しようとすると、脳内妹にガチ説教をされたと言うか。「金をかけて天井して強い武器をお手軽にゲットするほど、お兄ちゃんはブラブルをやり込んでないじゃん。アーカルムの転生を真面目にやったほうがよっぽど強くなるよ」とコンコンと正論を説教された。まあ、アニバーサリーチケットは買ったけど。
 なので、アスカを見習って現実に適応している人はすごいなあって思う。僕は現実が嫌いなので。ただ、小悪党だけど一線を越えないようにするのが脳内妹の説教ですかね。
 でも、脳内妹はオタクではないので、先日の富山での富野由悠季の世界展への雪中強行など、「オタクには行かなければならない時がある!」ってやることもしばしば。



 僕にとって、アスカはもはや、脳内妹を構成する数多のはてしない物語の女性たちのうちの一つに過ぎない。



 そういうわけで、現実に適応しているシロクマ先生は「シン・エヴァンゲリオンはちゃんと終わったし、自分の中のアスカが否定されなかったので、良かった」と、肯定的に別れを告げている。


 逆に僕は「完結するのなんか商業作品なんだから当たり前だろ。そもそも俺の嫁のほうがカワイイ。映画としてはあんまり面白くなかった。」と、否定的にエヴァに別れを告げた。



 どちらの態度に優劣があるとかではないのだが。まあ、多分どっちもどっちなんだろう。


  • 僕の夢

 シン・エヴァンゲリオンが完結する前から、それ以上に夢の中の映画館でエヴァンゲリオンの映画を見ていた。僕はひどいオタクなので、夢の中の世界に図書館や映画館や古本屋やオタクグッズショップがある程度、固定されて在る。


 2021年4月4日は夢で「エヴァンゲリオンの前日譚として、セカンドインパクト前に箱根のジオフロントの地質発掘調査をした大学職員と、ゼーレのエージェントとの暗闘」という映画を見た。主観で大学教授だったり、ゲヒルンの構成員だったりした。水脈も在る地下空間の坑道での戦闘と逃走が主な舞台だったので、非常に閉塞感があり、疲れる夢だった。


 そういう夜の夢こそまこと、という浮世離れの達人として夢を見ていると、覚醒するときに自我が真空崩壊することが、割とある。
 だいたい、みんな、朝起きたときに「ああ、会社や学校に行かなくては」「仕事や宿題や用事を片付けなくては」などと、社会的な立場を思い出して朝の支度をするものだが、無職の僕にはそれがない。体調不良による臨死体験でなくても、自分のことがわからない時がある。


 そこで、脳内妹が量子力学的な現実へのハーケンになる。


 夢から離れて目がさめて、まず自分が誰なのかがわからない。しかし、自分は脳内妹を愛している。脳内妹を愛しているのだから、自分は脳内妹のお兄ちゃんであり、愛されているので存在してもいい。
 かと言って、基底現実は本来の居場所ではないので、覚醒ではなく、投影という形になる。
FGOの虚数潜航からの浮上のように、覚醒時に以下のような手続きが行われたりする。


『アカシックレコード惑星航路図プラスマイナス収束開始。夢中遊行を解除。実数空間からの時空引力をモドシ。頭令倶雫、間もなく実数境域へ投影します。
  基底現実固有座標:tajodifafadofmaofdaos(この数値は近似値であるが乱数。昨日の自分と今日の自分が同じ現実にいるという保証はない)
 実数空間における存在証明(ハーケン)、頭令そらによる記憶海図に投錨(アタリ)。頭令そらに愛され観測されている頭令グダの自我は存在する。存在証明終了。
 これより実数空間へ投影します』


 時期的にプリンセス・チュチュの王子様の影響も受けていて、僕はお姫様か妹か、あるいは魔女か薔薇の花嫁に愛されているから、僕は存在する。というトートロジーによって僕はある程度自我の連続性を保っている。
プリンセス チュチュ - Morning Grace / 私の愛は小さいけれど



 愛です。まず先に愛があるのです。


 そういうわけで、僕は現実に適応するために脳内恋愛をしている、というより、かろうじて自我を保ち、生命活動を継続しているという存在証明をするために脳内妹を北極星か羅針盤のように使っている。なので、僕は単独で動いていると言うより脳内妹を構成し付随する数多の物語の文脈上へ仮想的に投影されている影法師なのである。



 まあ、同じアスカをトリガーに使った脳内恋愛というか人類補完計画でも、人の数だけ補完の形があるのだなあ。という割とどうでいい、地味な結論に。



 うーん。やっぱり、嫁の話をすると90年代のオタクは長くなるね。鈴原サクラ怪文書じゃなくても、脳内妹は存在を記述すると基底現実では怪文書と言うかクトゥルフ神話に近い異端書になる。そもそも深夜までかけてこんなことを書いている時点でなあ。



 そろそろ、僕も富野由悠季や出崎統の履修を終えて、脳内妹との話の執筆に戻るべきなのだろう。それが批評ほど読者に支持されないとしても。


 でも、オタクなので見たコンテンツの感想はチラシの裏であるブログに書くよ!

虚航船団(新潮文庫)
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  • ほしい物リスト。

https://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/6FXSDSAVKI1Z


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 本質的に人間不信だけど、なぜか数十回に渡って読者の人から物をもらう経験をしているので、これからも貰うことがあるだろうと思っている。僕は富野由悠季監督のサポートとか、ごく親しい人以外の人に物を送る気持ちがほとんどわからないけど、くれる人は僕とは違う考えで僕にものをくれたりするようだ。


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