玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

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輪るピングドラム小説版(中)見ながら読んだ

見てから読むか、読んでから見るか。テレビアニメが放送中のピングドラムの小説版である。
アニメの9話まで収録されている上巻は2話の放送前後に読んだ。ほぼ、見る前に読んだ状態である。
そして、19話から最終回までの物語が描かれるらしい下巻は最終24話の放送後に発売である。
ゆえに、今回の中巻は中巻でしかできない「見ながら読む」を敢行する。中巻には10話(晶馬が病院で拉致される話)から、来週放送の18話までに相当する話が小説として描かれている。
これは原作小説というキャッチコピーだが、絵コンテ前の脚本を幾原邦彦氏が高橋慶氏に渡して、それに沿って高橋慶氏が小説に書き起こした、という形になっていると思われる。

輪るピングドラム 中

輪るピングドラム 中


アニメ雑誌のインタビューで幾原監督が言っていたが、ほとんど台詞はアニメと同じである。が、地の文は高橋慶さんのもの。ただし、そこでのペンギンの描写や服装の描写が違う。やはり、絵コンテ前のシナリオとラフ画原案の段階で分岐したものと思われる。微妙に設定が違う部分もある。また、アニメではテンポに抑揚をつけるために短いカットに分割された場面を、小説ではまとめているので、全体的に筋が分かりやすく読みやすくなっている。


以下、ネタバレを含む。
輪るピングドラムはビジュアル重視の作品だと思うのだけれど、絵の力が強い作品だと思うのだけれど、クリスタル空間の描写や夏芽真砂子と時籠ゆりの温泉決闘や夏芽左兵衛の活躍など、実際にアニメの絵としての演出でネタが追加された所は小説では違う表現だったり、カットされていたりした。
それで、小説単体だといきなり話が飛んでいる部分もあった。服装が違うだけなら、割と良いんだけどね。クリスタル空間も小説執筆時には、イメージが違ったんだなー、という制作現場の事が想像できて、楽しくもある。
服装の描写がきれいなのは、女性作家らしくていいのだけど、人物が登場するたびに最初に服装を細かく描写しすぎていて、その説明のために文のテンポが遅くなったり、特にドラマを盛り上げるために服装の描写が必要ではないのに在ったりして、そこもちょっと蛇足だったかな、と。映像的な文章ではあるし、元が映像作品だから服装の見かけの描写が必要だったりもするのかもしれないけど。でも、アニメでは私服を着替えていないで記号的ないつもの服を着ているが、小説では結構細かく着替えている。僕はあまりオシャレでは無いので、特にイベント性がない所で服の描写があっても、それがどういう劇的な意味を持つのか、わかりかねる部分もあった。
ゆりの指輪やネイルの描写は、アニメでは描かれていない細かいファッションと心情の補足として、良いと思う。


しかし、対して、アニメは絵の力を重視しているために、アニメ単体では言葉で説明されずに、絵の雰囲気、カット割りのテンポや音楽の勢いやアクションやギャグで押し切った部分がある。アニメはアニメで、時間がいきなり飛んだ所がある。温泉で苹果を救ったあとの晶馬とゆりとの間の会話や、山下のリアクションなど、アニメでは話と話の間になって、1週間という時間のギャップの中で描かれなかったシーンを、小説では描いている。
そこら辺は、小説を読んでかなり辻褄が合う感覚がした。細かい所では追加が多い。というか、アニメではテンポを調節するために元のシナリオから地味にカットしているのだろう。


ただ、アニメでは絵の表情だけで匂わされているキャラクターの心理が、地の文であっさりと解明されているのは、説明としては分かりやすいが、若干カタルシス、達成感が足りないかな、という感覚はある。描かれない方が、逆に雰囲気が出たかな、という所もある。
小説は、晶馬が出ているシーンは晶馬視点で描かれているので、それはぶれていないのだが、他のシーンで視点人物が明確ではなく、Aさんの心理描写のあとにBさんの心理描写があったり、ちょっと三人称小説と一人称小説の間が曖昧になっていた部分もある。そこ等は、ちょっと文章としての練り込みが足りていないかな、アニメに合わせて同時並行で書くという、スケジュールの厳しさが文章に出てしまっているかな、と思った。半一人称のライトノベルだと、「マリア様がみてる」が上手いんだけどね。視点人物の置き方と分隊の一致の仕方が。
でも、感情の視点が流動的なのは、女性的な文章の掴みどころのない変転する雰囲気、という感じもするし、この輪るピングドラムという作品には合っているのかもしれない。内面を描く一人称語りの小説と、客観的に絵で見せて行くアニメはまた媒体が違うしなー。


ミステリアスな渡瀬眞悧の内面描写が小説にはあって、アニメの客観的な表現とは違う部分にスポットを当てていて、そこは良かった。眞悧にも内面があるんだね。多蕗やゆりや真砂子のアニメでは外側を描いたような心の内面も、小説では感情が描かれていたり、シーン自体が追加されていたりした。多蕗の無常感はアニメではまだあまり描かれていないので、小説での、多蕗の独白は、なかなか興味深い。


13話で眞悧がペンギン帽子に語りかけるシーンは、桃果とプリクリの関係は文章で、一体化しているような、違う人のような、なんだかよくわからん感じだった。そこら辺は、まだ内緒、なのかな。
幾原監督のもともとの構想も、なんだか曖昧模糊とした感じだからなあ。



以下、重大なネタバレ

  • ネタバレの1ゆりの体の秘密

14話「嘘つき姫」のゆりの過去は暗喩がすごかったので、ゆりが父親にされた事や体の秘密は、性的虐待だったのか、バイオテクノロジー的改造だったのか、魔法的な事だったのか、女しか愛せない体という事か、いまいちよくわからなかったが、小説を読むと割と普通に暴力をふるわれて怪我をして傷を付けられた、というだけの話だったようだ。ただ、死をもって完成という美意識だったっぽい。そこは、ノケモノと花嫁のような人体改造までのファンタジーを想像していたら、意外と普通のキチガイ芸術家だったようだ。いや、それでもクレイジーだけど。
ダビデ像タワーはゆりの主観的な暗喩ではなく、本当にダビデ像だったようだ。いや、地の文もゆりの主観文だから、分からないけど。

  • ネタバレ2山晶

山晶の温泉描写が、辻褄合わせとは言え、アニメーションよりもだいぶ追加されていたので、すごく山晶萌えとしては嬉しかった!
しかし、山下は晶馬にだけ見える晶馬の別人格ではなく、冠葉にも苹果にも認識されている実在の人物だったようだ。えー、じゃあ、マジで山下は本当に晶馬と二人で温泉だったのかよー。
小説の山下君は可愛くて、萌えました。
1話の山下君について、作画監督の西位輝美さんは「1話では山下君の動きに一番枚数を使いました」とオトナアニメディアで言っていたし、幾原監督も「女性スタッフは山下君と晶馬の絡みを描くのに熱心ですね」とオーディオコメンタリーで言っていた。女性作家の高橋慶さんも山晶が好きだという事か・・・。
本当に山下しか高倉以外の高校生男子は居ないのだが。
山下は高倉晶馬しか誘う相手がいなかったようなのだが、彼にも何か運命があるのだろうか・・・?高倉家の孤独と同じような、孤独を・・・。
晶馬の脳内友人では無かったようだが、終盤で山下にも何か科せられた運命が出てきたら、萌えますね!

  • ネタバレ3陽毬が可愛い

陽毬の内面の空白とかが描かれていたけど、そういう寂しさを持っていることに対して陽毬自身が何か考えるシーンもあったし、けっして空っぽなだけの少女では無いと思う。
ただ、そういう境遇になってしまったという事で。
というか、綾波レイの6話をじっくりやっているように、陽毬が眞悧とかの差し金であっても感情に芽生えようとしてるのかな?という風に考えると、陽毬の成長物語としても見ることができる。女性的に体も成長しようとする13歳だしね。綾波レイは6話でシンジに笑いかけた後、また人形に戻っちゃったけど。
陽毬は陽毬で、「期待して裏切られないために空っぽでいよう」っていう少女が、それでも愛を求めようとする話に見える。
そういう態度は、冠葉の軽薄な男女関係や、晶馬が他人と壁を作るような所と似ていて、陽毬も色々あるんだなーと思いました。




しかし、冠葉の裏のアルバイトの話って全然わかんねーな。

17話「許されざる者」まで読んで、18話の小説部分は来週読みます。
マリみてで言う所のレイニー止め