玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

富野由悠季✕鈴木敏夫(宮崎駿) ラジオの感想 後編

 なんというか、富野監督と鈴木敏夫さんと僕のスタンスがそれぞれ違うんだなあということを考えるラジオでしたね。


 前回の思い出話から、現在の(まあ、第一次か第二次アニメブームの後のポシャったリトル・ニモとかの海外合作の経験もあり)、外国のクリエイターはすごい、現代の若い日本人はハングリー精神を失っているというような、わりとジジイがよく言う古典的な話を。


 いや、まあ、外国人は色々と政治とか災害とか歴史とかなんならで苦労をしていると思う。俺は知らんが。火山もいきなり爆発するし、地震もいきなり起こる。クリエイターは生きてる間に褒めておかないと死ぬときは死ぬ。
 でも富野監督は三ヶ月前に売れない小説家の直木賞とか芥川賞の新人作家の切迫感を取材するために生まれてはじめて読んだりしており。


 ていうか、僕の学校の後輩で20年くらい前に芥川賞を取った人がいるんですけど、富野監督はその当時「芥川賞の選者は若者に媚びてる」とか言ってたけど読んでなかったのか?(もちろん、僕はガンダムか旧支配者が出てこない小説はほとんど読まないので読んでない)


 まあ、富野由悠季監督の言うことは割と演出が入ってるからな…。


 それはそれとして、富野監督の言うことを俯瞰してみると、アニメ業界人の社会性の話なんですけど。第一回アニメグランプリの武道館での表彰式での富野監督のファッションは、アニメ業界人でも社会の中に居場所、存在意義や存在感をアピールするためにやったという。それで、宮崎駿さんや細田守監督は映画祭でタキシードを着て立派だという評をしているのだが。一方で、アニメの社会的地位を向上させるために行動し、実際にそれに成功した富野由悠季としては、アニメが社会的にサブカルチャーではなく一般的になってしまい、そのために現代の(日本人の)受け手やアニメスタッフがアニメ文化を享受するだけで自分でやらなくなってハングリーさや度胸を失っているのではないのかという若干の責任感もある様子。文化功労者で年金もたくさんもらえている富野由悠季監督のような老人が若者はハングリーじゃない、日本はこれから貧しくなるとかいうのは舐めてんのかという気がするけど、そういう社会の中でのアニメのポジション環境構築をした立役者としての責任感はあるんだと思う。


 まあ、アニメーターは昔も今も貧乏なので、僕は富野監督の傘寿にかこつけて監督だけでなくサンライズの制作スタッフにもおこめ券を送りつけたわけだが。いや、微々たる金額で申し訳ないですけどね。でもちょっとでも若いスタッフがご飯を食べられたらいいよね。Gレコ応援団長がちゃんと公平に分配するかどうかはあえて任せたが。(迷惑なファンだなあ)(サイン付きポスターはおこめ券とは関係なく、普通にGレコ応援団員として、おこめ券事件の前にもらいましたが)
 なので若いアニメスタッフがハングリーではないというのも乱暴だなあ、と僕は思うわけで。どちらかと言うと日本のように平和な国が増えたほうがいいと思っている。まあ、僕もあんまりいい家庭環境ではなかったのですが、なので貧乏から生まれるパワーもあるとは思うけども、貧乏自体はやはりよいものではないという気もする。海外のアニメ業界人は多言語を勉強しなくてはならないと言うが、多言語を勉強するにもある程度の資産は必要であり。まあ、そこから先の海外の文化教育における社会階層云々は調べてないし知らんので言わんが。


 たしかに、アニメは昔から70年代の頃からすでに海外に動画制作を依頼したりしており、富野監督が今回言ったようなK-POPに日本が負ける云々は今更感もある。
 同時に、富野監督は10年前に北京大学で講義したという経験もあるので、やはり責任感を感じている様子でもある。


 たしかにねー。僕も中韓の政治状況があまり気に食わないので中韓のアニメをあまり見ないと言うか金を落としたくないという態度を取っていたのが正直なところではあるが、日本の政治状況も気に食わないよな。それにプリキュアのエンドロールを見る程度でも実制作のレベルでは多国籍というか中韓の人の存在がないと日本アニメは成り立たないという状況はもうずっと前からあるので、それは認めるしかないのか。(ただ、日本アニメと言うかトミノアニメを見るだけでも時間があんまりない僕としては「見ない理由」や「興味を広げない理由」が必要だったりする。ほっとくと徹夜でウィキペディアを読んで次々と哲学書を買って積んでしまう。ついに電子書籍に手を出してしまいました。とりあえず、ヒストリエといくえみ綾作品を全巻。うん。名作だ)


 で、富野監督はアニメ業界の社会的存在感とかアニメ作家として生きていくための生存戦略で、アニメージュとかバンダイとかで色々やってきて、それが後進に影響を与えた事も含めて「自分でやった責任」というか行為者としての自意識が見える。行為者としてのアクティビティというか、創作者としても自分で作ったという責任感を持っている。同時に実制作者という仕事でいっぱいいっぱいで、庵野秀明みたいに器用に会社の社長とかプロデューサー業もできないという実感もある人生だったようだ。


 反面、話しぶりを聞くに、ラジオのホストである鈴木敏夫さんはゲストの富野監督を立てる感じであり、同時に富野監督の話に同調する相槌を打つ感じで、やはり創作者ではなく編集者という一歩引いた立ち方が見えるというか聞ける。海外のアニメーターに講義をするように求められた、海外のアニメーターは勉強熱心だ、という話をしても、彼らにそこで自分が何を語ったのかという話はしない。


 富野監督は自分があの時どういう気持で何をやったかという言い方で、鈴木敏夫さんは自分が集めてきたり接してきた他人がどのような感じだったかという分析。鈴木敏夫さんは自分が何をしたかより、あいつがどうだったかという話。
 ただ、富野監督は自分が製作者だから編集者よりも偉いという言い方ではなく、やっぱり場を整えてくれるプロデューサーが欲しかったという気持ちの発言もあり、そこに鈴木敏夫さんに捨てられたという気持ちもあるのだろうけど。しかし、富野監督はフリーランスの立場でありながらサンライズにほぼ専属という微妙な所属関係なのに、かつての鈴木敏夫のようなプロデューサーを待つのではなく、年下のプロデューサーを発掘していかなくてはいけないという言い方で、やっぱり自分でやりたい人なんだろうな。
 そういう点で演出家やアニメーターを動かしたいプロデューサーを必要としながら、反りが合わないという性質の難しさがある人なんだなあ。難しい人だ。ていうか80歳になってもまだプロデューサーを発掘できてないのか。
 なんか、富野番のプロデューサーの人って富野監督を卒業した後、他の作品で一山当てる人が多いですよね。Gレコの小形さんも福井晴敏系とかハサウェイに重心を移したがっているようだし。鈴木敏夫さんにしても、高畑勲監督が亡くなってジブリもディズニーや庵野秀明とかと連結していかないと、みたいな状況になって年齢的にも将ではなく大御所というか元老の立場になっているし、あんまり富野監督に反論したりはせず。


 まあ、僕は漫画版風の谷のナウシカ以外はあんまり宮崎駿作品が好きじゃないし、今作っている作品の続報も知らないのだが。ジブリがいっぱいコレクションにしてもブルーレイで宮崎駿、高畑勲に並べて「監督もいっぱい」という売り方をする用になって、ちょっとパワーダウンしているような。吾郎さんも他の監督と混ぜてしまうのかそうか。


 そう考えると、富野由悠季という人の明後日生きてるかどうかわからんといいながら同時に、この先10年20年の状況に対応していくにはどうすればいいのかと80歳になってまで言っている人の自己実行能力と言うか「自分でやらないとダメなんだ」という孤独さはすごいものがある。(それで人望を亡くした部分もあるんだろうけど)
 だから庵野秀明に負けたくないっていうのは冗談でもありつつ、創作者でありながらプロデュース業もやって成果を出してる部分にムカッとしている面もあるのだろうなあ。(新世紀エヴァンゲリオンの時もエヴァンゲリオンという作品自体の病理性ではなく、社会がエヴァに乗っかったのが不愉快って富野監督は言ってたし)
 創作としてはぼくはシン・エヴァンゲリオン劇場版は面白くない映画だったと思っているけど、あんなに気持ち悪い90年代アニメの代表で世紀末メンヘラアニメの嚆矢だったエヴァンゲリオンを大衆ブランドとして紅白歌合戦にまで出した興行の仕事師としての持って行き方はすごいと思う。(ぼくはエヴァがない世界に行ったのでもちろん紅白歌合戦は見ていないし新世紀エヴァンゲリオンのVHSや非売品ポスターとかをメルカリで一枚2千500円で売っているわけだが)


 まあ、後進のアニメ業界人が細田守以外全部ダメ、っていうのも話をラジオの枠にまとめる方便な気がするし、庵野秀明監督のそういうところを知っているわけなので、社会に訴えかけるアニメ作品がないわけではないとはご存知だと思う。でも監督は発言に演出を加えるので。


 しかしなんというか、アニメ業界の後輩に責任感を感じつつも、行動としては自分でやらないとダメという富野由悠季という創作者の孤独さはエゴの塊なんだろうなあ。それをうまくこう、業界とか組織で制御する人がやっぱりいたほうが良かったのかもしれないし、いなかったからできたのかもしれない。まあ、起きなかった歴史を僕は知らんのでわからんけど、まあ、今のところぼくは富野作品は大体おもしろいと思っている。



 あと、最近僕自身が借金返済のためにメルカリでいらないオタクグッズとか鬼滅の刃コラボグッズとかを売ってるのに時間をかけちゃっているという点で、反省を促された。
(まあ、借金はアニメを面白くしたいので輪るピングドラムのクラウドファンディングに雑に大金をブチ込んでエンドロールに名前を載せさせたりしたせいだが。ぼくは会社生活で過労死寸前になって世捨て人になったので人生をちゃんとするためにお金を稼ぎたいと言うより、ヘラヘラ面白がるために雑に金を使いたがるところがある。モバマスフェスとか十年に一回は青天井フェス課金を経験しておきたかった。まあ、コスト27の諸星きらりをなんとなく無課金で引いたので大丈夫。デレステは担当の野々村そらちんのSSRが一個しかないので。貯蓄。グラブルは強さの果が見えないのでぼちぼち。ソーシャルゲームはお金をかける分真面目にやり込む人がいてギスギスしたりする面もあるけど、ぼくは巫山戯るためにお金を使っているので、まあ、あんまり良くないけど。うん。ちゃんとシナリオも読もうね)


 いや、ぼくが雑に借金をこさえた話はどうでもいいと言うか、まあ、ぼくもブログで批評家みたいなことになってしまい、それを期待されている面もあるが。(物ももらってるし)
 まあ、見たアニメの感想を書くのは学生時代からの単なる日記であり、このラジオの感想とかGレコなど富野作品の分析が長ったらしくなったのは、批評をやりたいと言うより、日記を書いているだけだけど、参照情報が加齢に伴って増加しただけです。考え自体は昔も今も5分で思いついてる。文章として物理化(電子化?)する作業に時間がかかるだけで。


 そういう現状のぼくですが、まあ、富野監督のような文化功労者になるほどの傑物にはなれんが、人の作った作品のグッズを売って小銭を得るのも値段設定とか客の誘導とか、まあまあ楽しい面もありつつ、自分でやったほうがやってやった感はあるよなって気がして、それでも自分の作品を勧めてないのは怠惰ですねごめんねって。(一部にはぼくの脳内妹をVTuberにしてほしいという人が何人かいるので、次に買うパソコンはメモリを積みたい。今は3万円の貰い物のクロームノートですが。まあ、液タブになるiPadも借金で買ったしな・・・)(あと、本当にマジで売るしかない死蔵コレクションがまだ100品くらいあって登録だけでかなり時間がかかりそうです。オタクなので)(自殺した親の着物とか…)(本当にアレなやつは売らんがね)


 しかし、僕はぼくでそのように人に、富野監督とはスケールがぜんぜん違うとしても期待されているけれど、それも社会性というか。自分以外の人間の働きなんだよねえ。
 だから、富野由悠季の世界展は富野監督本人からすると村上隆さんに「夏目漱石の原稿を美術館で展示するようなものですよ」と言われたようなことで、僕が言ってしまえば、「社会的にこれはすごいんだぞ、文化なのだぞとハッタリをかます社会的行動」で、まあ、政治ですね。


 でも、大半の観客は夏目漱石の原稿を読まないとしても、僕は富野由悠季の世界展に延べで4日くらい行って、だいたいぜんぶ読んだ。(めくれない部分は諦めた)逆襲のシャアの絵コンテも3、4時間で全部読んだ。俺はやると言ったらやる男だぜ。新選組!展も筆文字は読めないけど、楷書に近い部分はだいたい読んだ。


 自分で面白いことをやるのも面白いけど、面白いものを自分の目で面白がるのも面白いんだよなあ。


 とりあえず、富野由悠季の世界展とかの書いてない部分の感想がまだ頭の中に焼き付いているので文章にするべきなのだけど、(メモは取ってあるけど、もう追加の北海道も終わるんスかね)
僕も死ぬのが怖いので健康診断を受けたりとか(雑にソシャゲをしたりネットで工作をしたり)プライベートで時間を食ってました。健康診断の前日は酒を抜いたので全然眠れなかったけど、健康診断の帰りに酒を買って飲んで酔っ払った後の水がうまい!医者にギリギリって言われてるけど、酒で睡眠導入剤を割って飲まないと寝る前にPTSD起こすし途中覚醒するんだよなあ。血液検査の肝臓の数値がドキドキ!



 まあ、でも、メルカリで炭治郎のコラボグッズを郵送するのも郵便局までの散歩のモチベーションになって5キロ痩せたしな…。あと20キロ落ちたら学生時代までいけるんだけど。
 もう昔のスーツは売っちゃったんだけどね。(でも逆にオーダーメードのスーツは質はいいのにタグも付いてないので値段がつかないんだよなあ。死蔵。生地と仕立ては30年くらい着れるんだけども)


 適当に面白そうなことをやって暮らしていきたい。それはそれでハングリーさにかけると怒られるのかもしれんけど、過労うつ病の後遺症で、面白いことが終わった次の瞬間に死にたくなる。富野監督は家族に支えられてうつ病を脱出なさったけど、僕は親が自殺した。まあ、でも脳内妹に臨死体験から蘇生されて結婚したので、うーん。家族制度の観点からは微妙な生き物になってしまったぞぅ。


 まあ、セクシュアリティーは70億人いたら70億通りある!


 この文章をかきあげたら確実にうつ病モードになるので、剤を飲んで寝ます。古戦場は、まあ、うん。



 ただ、面白い作品を面白いなあって言ってるのはやっぱり僕のような腐ったオタクだけなのかもしれないと言う。富野監督がちょっと言ってた、アニメブームのあとに出てきた漫画家がアニメ作家よりも高所得者になった云々ってちょっと文脈から外れた話のような気がしたけど、まあ、大友克洋先生のスチーム・ボーイの話だよね。あれはサンライズ的にも色々あった…。


 で、富野監督が作品の善し悪しより高所得を云々ってのは、結局アニメ業界の社会的地位とか、文化功労者とか、村上隆とか、ぶっちゃけると「大衆は金を持ってる人やカネを稼いでる人が偉いと思う。トランプ氏とか」ということです。前澤友作社長の宇宙からお金を配るって言っても、サーバーの作業的には地上でやってますし宇宙要素は単なるハッタリです。(ちょっとは大気圏外から金塊をミサイルでブチ込んでほしかった気持ちがある)


 アニメーターも金を持ってそうなスタジオに集まる。


 富野監督が文化功労者に選ばれたのも、なんか官僚の書いた小難しい理由が書いてあって文化を広げた功績が大なり云々だけど、結局の所、めちゃくちゃヒットしてガンプラやゲームが売れまくってデカいガンダムの立像も何個か立てて経済を回したのがすごい偉いっぽいからだと思う。
 ジブリ映画も何がすごいってアニメの面白さよりも興行収入で褒められる場合の方が多いじゃないですかぁ。世の中数字だよ!細田守は橋本カツヨを殺したけど金は稼いだので賞をもらいました。それを動かしてたのが鈴木敏夫さんみたいな職業の人。新海誠監督もプロデューサーを変えてから売れましたからね。
 まあ、結局社会は本質より、金とか外面とか演出の入った発言とかアクセス数で評価するとか、そういう表層的な社会なんだけど、世界を革命できないうちはこの世界しかないので、しょうがないね。うーん。


 10年ぶりの生存戦略のために輪るピングドラムでも見返したい気持ちとFSSを読み込むためにエルガイムを再見したい気持ち。(そういう点でやっぱりなんだかんだで文句を言いつつ後進を育ててるよな)僕のような脳が損傷してる人間は一日30分でも心から面白いと思える作品を見ないと死ぬ。


 いや、エルガイムって作画は今のアニメに比べるとへっぽこだし後半の評判は悪いのだけど、今のロボットアニメより面白い(と感じる)。うーん。なんだろう。富野監督の作品とは妙に相性がいい。ロボットが出てこない小説のファウ・ファウ物語とかも僕は最高傑作だし綺麗にまとまってるので30年前に実写化スべきだったと思っている。

  • ほしい物リスト。

https://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/6FXSDSAVKI1Z
↑グダちん用


 著者へのプレゼントはこちら。特に返礼もないけど、特に報酬もないのにブログを書いてる僕は異常者。


匿名で住所を伏せてプレゼントを送るための、つかいかた
nuryouguda.hatenablog.com
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