5月のこの記事の続きです。ネタバレです。
RE:cycle of the PENGUINDRUM.後編「僕は君を愛してる」では僕の予想通り図書館の書架が崩壊した。しかし高倉兄弟が地下に降りるエレベーターのような書架の重力を無視して、というか重力の方向を勝手に変えて、本棚を蹴って奈落の底まで駆け下りていくのは予想外だった。
それはそれとして、奈落の底で落ちるのではなく、カエル君(高倉兄弟)に救われた様々な世界の本が高倉兄弟をすくいあげていくというアイディアにはびっくり仰天であった。映像的にも音楽的にもカタルシスがあった。
また、故障していたエレベーターは一個だけで、他の中央図書館という並列世界につながるエレベーターは故障していなかったというのも面白かった。
なるほど、世界は壊れていたわけではなく、膨大な並行世界のうち、壊れかけていた世界にピンポイントで眞悧先生が呪いを置きに来たのか。眞悧先生らしいと言えばらしい。プリンチュペンギンの出生のタイミングはよくわからんけど。
それで、壊れたエレベーターを本の奔流で遡って、地下三階で止まったところを、復活した桃果の「イマーーーージーーーーーン!」でぶち抜くのも爽快だった。理由は考えるな。感じろ。
そして、中央図書館は崩壊し、無数の本に貼られた膨大な渡瀬眞悧先生の呪いのピングフォースシールも砂漠の荒野に散らばった。
しかし、それは世界の崩壊だろうか?
しかし、僕は違うと思う。デスティニー……。
崩壊した書架、崩壊した中央図書館の荒野の前に一つだけ立っている「カエル君、ピングドラムを救う」の本のケース。
その中の本はない。つまりそれはケースは開放され、その中の本の物語の世界はあの世界の荒野そのものということ。そのページの一つ一つは荒野の砂漠の砂の一粒一粒であり、同時に、渡瀬眞悧の呪いのピングフォースシールの一枚一枚も「カエル君、ピングドラムを救う」という本、すなわち「輪るピングドラム」という物語の一部なのだ。
なので、桃果の救済も眞悧の呪いも全て分け合って収録しているのが「輪るピングドラム」という物語なのだ。渡瀬眞悧は確かに世界を呪っているし人を殺すけど、でもそういう人の存在をデリートして表面的にきれいなだけの世界では世界の本は成立しない。
呪いはある。呪いはあるが、その中で「愛してる」ということが大事なので、呪いを無かったことにするのは不誠実なんだろうね。
明るい場所と暗い場所は共存しなくてはならない。これについては後でもうちょっとまとまった時間が取れたときに書く。
そして、この映画の「輪るピングドラム」という本の物語の世界の運命は閉じてしまい、僕たちは僕たちの世界と向き合うんだ。愛と共に。
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↑グダちん用
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