玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

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シャンバライズせよ!

あと、鋼の錬金術師で感動してる日に「あたしハガレン嫌いやねん。残酷やし」と面と向かって言われたのも傷つきイベントだ。まあ、いろんな意見が在るさ・・・。
っていうか、てめージョジョファンじゃん!ジョジョグロイじゃん!
まーねー。ハガレンのソレはアレだからなあー。
それを乗り越えたらマジ燃えなんだけども。僕も最初はそうだったし。
それ以上に、種の後番の1話でエドワード・エルリックが偉そうだったので、
「どうせまた、"やめてよね、本気で喧嘩したら、三流錬金術師が国家錬金術師にかなうはずがないだろう?"みたいなのが一年続くのかー。もうガンダムでもないからこの時間帯でアニメ見るのは辞め。忙しいしね」
とか言ってしばらく見なかったんですが、(そして忙しい割に引きこもってたんですが)中盤何気に見直したら、グリードさんがスゲーせつなかったし、エドの最初の増長のせいで色々みんなが迷惑をこうむってるとか、ダメ人間たちがいくら頑張ってもダメになり続けて手に入れようとしたものは全部失いっぱなしなのに俺たちは前に進むのを辞めない!とかスゲー好きな展開になってたので惚れた。
ハガレンガンダムSEEDの後番で損をしてると思う。
最終回前にビデオ全部借りて、DIGAに入ってるのを全部焼いてマラソンしたしな。
最高ですよ。一回ギトギトに嫌いだった方が誤解が解けて好きになった時やばい。少女漫画展開かよ。ガオガイガーも最初エヴァのパクリっぽくて嫌いだったしな。
だから、話がシッカリしてたら残酷描写があってもいいとおもう。っていうか、この世に在るものでアニメが書いてはいけないものはないし、ソレを設定するのは焚書でありナチスだ。
そんでも、兄さんが仕事で子供に見せたい映画を選ぶ時に劇場関係者の人が
「戦闘シーンはありません!子供さんが見てもいい兄弟愛のいい話です!」とかいうのは劇場必死だな。そんなウソつかんでも。(結局、マダガスカルになったそうです)
そこは、「全編ギトギトの闘争シーンでガンガン人が死ぬし残酷ですがね、現実よりは残酷じゃないんですから、現実に免疫をつけるための予防接種みたいな感じで見せたらどうですか?」と言うべきだったんじゃないですかね?
いや、そこまでは言えんか。
確かに子供に見せたいかどうかはわかんねえよなあ。おれも自分の子供時代の思考パターンをだんだん正確にトレースできなくなってるし。小さい頃にエロアニメを見てその影響でエロい子になってしまったなあという思い出もある。
でもなあ、そういう紆余曲折も人生かなあと最近になって思いつつもあるし、この歳になるとアニメの影響だけでチンチン立たせてるわけでもないとわかるが、自分の子供が紆余曲折するのに積極的に手を貸したくないという親の気分もわからいではないなあ。
あー、でも、小さい時に見た平成ゴジラシリーズは子供心にビオランテを生み出した親のエゴやら、VSキングギドラで新宿でゴジラに焼かれる男の戦後の清算の悲しさや、命を使って仕事をする自衛隊員の壮絶さがグッと来た事は憶えてるのは記憶の美化かしらん?
その後、超能力やら怪獣戦闘ばっかりのシリーズになって子供ながらに萎えたので、子供には子供だましは通用しないというのは実体験として正しいかなあと。*1
そこら辺の残酷描写は舞台挨拶に来てたMBS竹田菁滋プロデューサーさんが特番のハガレンナビで熱く語ってたね。
にしても、あの番組はネタバレが多すぎる・・・。映画見終わってから録画を見てよかったよ。やっぱ劇場では驚きたいもんね。アレがああだったりとか。
竹田菁滋プロデューサーはティガも関係してたのか。http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%B9%E7%94%B0%E8%8F%81%E6%BB%8B
好きですよ。なかなか硬派ですね。
でもなあ、種ガンダムとかエウレカとかで軽軽しくテクノロジーの暴走とか言われるのは一寸むかつくなあ。
科学で人は確実に滅ぶが、科学でしか人は延命できんと思うんだが。ちなみに、僕の言う科学というのは人がものを考える事全般ですが。
社会学も哲学も含めるからねー。
あー、テクノロジーのみのスタンドアローンがいかんのかなあ。でもそれはどっちかというとテクノロジーの問題よりもテクノロジーに対する信仰心の思考停止の問題かなあと。
そう考えるのは僕が物心ついた時にふしぎの海のナディアにはまったせいダナ。ジャンとか歩野要一郎になりたかった。

*1:いや、馬鹿アクションも好きですがね