玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

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2004年富野由悠季精華大学講演 2年前は、レポートを上手くかけなかったが。

順繰りに書いていこうか。主に、富野由悠季監督に反抗する気持ちで。
っていうか、メモを取りながら聴いてたけど、活字に完全収録してもらうと、何というか、フラッシュバックしてむかつくよなあ。
とりあえず、かなりリスペクトしている人類と接近遭遇したという稀有な体験なので、ちょっといつもは読むだけの富野インタビューを読みながらつらつらと書きなぐっていこうかと思う。
2年前に書いたっきり、怖くて見返していなかった自筆のメモも見ながら。
ビューアーの人には冗長だろうが、うるさい。書きながら整理するということがあります。チラシの裏だ。な!
ガンダムから考える。固有なものとは何か
「CG技術は個性を殺す」
B-29ナナジンが切り裂く所など、CGでもおもしろいとおもったよ。省力化のためだけのCGではないと思う。
エイジングとかもCGを上手く使ってると思う。
個性的な絵だと思った。が、もちろん2時間ずっと飛行機を切ってるだけのアニメが見たいわけではない。
しかし、あのB-29はプリプリしておいしそうじゃのう。
「この数年の顕著な傾向で言いますと、明らかにCGのデジタル表現のようなものが新しい表現として定着しうるのではないかと思っている作り手が現れ始めてもいます。」
文化庁メディア賞で、アート系の若手に噛み付いてたのは、こういう意味?か?
手塚治虫のジャンピングは、あの当時にCGがあれば、CGで描いていたか?どうか?
「だけど俺は、私はそう言うものが好きなのよ、と思っていらっしゃる方は、それはそれでとてもいいことなんです。それこそ、そういう風に思えるのは諸君の特別な感覚だから、個性という風に考えていいだろうと思えます。」
「思います」、じゃなく、「思えます」と、厳密な日本語を口頭でも使う御大の言語基体はとても好ましい物だと私には感じられるのです。
CGアーティストとかの裏方のスタッフは狭い技量のスペシャリストで、監督ほど普遍的な感性はないかもしれんが、そう言う人が自分の技術に個性というか自尊心を持つということは、監督にも有益だろうと思う。僕はそう言う有益な人間になれるか?人間であるというだけでは環境汚染源に過ぎないからな。
「本当の個性があるなら、20歳になるまでにその個性が目に見えて、世の中に現れて、有名になって、金儲けが出来ています!
 個性がないから、どこにでもいる程度の才能だからここに居るんでしょ!」

すごい大声だったので、すごいむかついた。っていうか、おれ、精華大生ですらないからな。
で、金儲けが出来ている友人もこの話を聞いていたのだが、曰く、「10代でデビューって言うのもいろいろ悩みが在るよ」らしい。詳しい話は知らない。まあ、がんばれ。
トミーノだって、お母さんが虫プロの求人を見つけてこなければニートだったわけで。というか、おかんが見つけてきた求人って言うのはかなり自尊心がむかつくよなあ。
阪神辻本賢人投手を大人の顔だと誉める」http://www.tora-life.net/members/2006/61tsujimoto.html
今シーズンは出ないのかなあ?年齢的には高2。来シーズンに一軍で見られるといいな。富野は時事ネタを織り交ぜるな。アンテナが広いのか、思いつきなのか。
「そういう顔を持っていないお前らが才能あるはずがないじゃないか、個性があるわけないじゃないか、そういう自覚がないから、何となく勉強すれば何とかなるという風に思っちゃうのですから、いくら勉強してもダメなんです。
「それは僕がこの歳になるまでまったく英会話ができないのとまったく同じことなのね。」
トミーノは自分のダメな部分も言う所が上手いなあと思うのだが、富野の言う英会話が出来ないという物言いは「ネイティブほど上手くない」というレベルな気がするので気をつけよう。裏トミノブログによれば、通訳の補助付きで英語で商談するらしいぞ。
アメリカでは乞食でもバカでもチョンでも英語が出来る
カットです。チョンというのは、「,」みたいなやつってことだと思う。
「だから、成功するのは簡単なんです。まわりがみんなグータラなんだから、ちょっとだけがんばればなんとかなるんだわ。だからちょっとだけがんばってください。はい、今日の話はこれでおしまい。」
怒ったり励ましたり、話術としては上手いなあ。なんとなく勉強するのと、ちょっとだけがんばるのの違いは、本気さのありようということだろーか?
「学生時代は自分に個性があるなんて思わないで、まわりにいてくれるいいやつが、才能のあるやつが、自分よりちょっとだけできるやつがいるんだから、そいつに齧りついて「コイツを黙らせてやろう」「コイツの上にいこう」と思えばいいんです。」「そして乗り越えられなくても、こういうやつがこういう風にしているんだという、自分には全くないものを持っているらしい人の、行為、しぐさ、身振り、考え方、その真似をしてみるんです。」
「そういう姿勢を持って仲間を見て欲しい。そして、そういう仲間を作ってほしいのです。」

自分だけに個性があると思わずに、仲間の個性も認めて、切磋琢磨しろということかね。あああああああ、俺はそう言う学生生活は送れなかったなあ・・・ゥゥ。ひきこもりはダメだよなあ。一人で完結できないくせに完結しようとする、セカイ系世代のカス人間だ。
いやあ、トミノはほんとひどいな。
僕も頑張ろうとはしたんですけどねえ。はははははは。うぅ。適当に大学を出ようとするだけでも、もう肩で息をしてるよ。無能だ。生命体としての力が薄いんだよな。
って、言い訳をしている時点でもう、ダメだ。
「今度は相手に対して、自分がです、自分はこんなふうにしょうがないんだけど、今はこんな風にがんばっているんだという自分の姿を見せていって、もしそれがです、諸君自身にとって間違いのない学生生活のあり方であれば、今度は仲間にとってあなた自身が今度は踏み台にもなれるんです。」
これ、すごいいい言葉だと思う。富野喜幸氏はこのとき、「学生」に向けて言葉を選んで話していたんだなあ。半NEET学生の俺にはもったいない。
しかし、言葉の使い方が厳密すぎて、というか富野語そのまま(しかもアニメではなく小説版)なので、富野語に疎い一般学生には伝わってるかどうかという心配は僕にする資格も無いんだが。まー、トミノは一生懸命動いたり大声出したりして頑張ってたし、そこら辺は伝わると良いなあ。
「踏み台=ドム」ではない。
つーか、本当に現実でもトミノ節で話す人なのね!監督って。
「なんかいろいろいい話を言うけど、タイピングするのがめんどくさい。つーかトミーノの言うことは一々面白すぎるので、下手したら全部書き写す事になる」
買って読むとよい。このブログは俺が書きたいことしか書きたくない。
聖火台に手塚治虫全集がないのがむかつくので、その代金分くらいは儲かればよい。
「ボーっと口開けて聴いているだけだったら出ていけ!どうしてか?まだこれから僕が喋ろうとする事を聞きたいと思っている人たちもいるわけだから、邪魔になってもらっちゃ困るんですよ」
聴きたいと思われているという自覚があるというのは、聴いていた側としては嬉しい事だ。トミノにしては珍しい気がする。まあ、満員だったしな。
「この程度の大学しかこれなかったんだから、ろくな高校出なかった経験を持っている学生もいるだろう」
だから、客員教授になった時も、新しいインタビューで「きわめて好意を持っている」と語ったのを読んだ時も非常に驚いたというか、ツンデレにもほどがある。
「社会に出て行くときは、あなたたちの生身の身体と身につけているものだけで、社会に出て行くのよ。」
すげー、普通の話をしているのがスゲー。ただ、こういう結論の話をここまで丁寧にしてくれる大人はあんまりいなかった気がする。結論だけ押し付けられる事は良くあったけど。「社会は怖いからガンバレガンバレ」と。
アニメ屋なのになあ。なんで、こんなアニメ屋のおハゲ様程度の人間が少ないのか。トミノ御大がすごいのか。人類がダメなのか。人類が増えすぎているのか。俺も増えすぎた人類の構成要素の一つでしかないのか。コロニーは落ちた方が良いのか。
と、言うのから新興宗教にはまる真理だったりするのかしら?この人の言う事だけが真実だわーみたいな。まあ、DVDを買ってやる程度の儲だ。
俺の世間が狭いだけだな。