玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。

#Gレコ と #水星の魔女 行動原理がわかると面白いのか?

nuryouguda.hatenablog.com

 とか。
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 とか。


 ブクマコメントで「Gレコはキャラクターの行動原理がわからない。水星の魔女はキャラクターの行動原理がわかる」と言われた。
フィギュアライズスタンダード 機動戦士ガンダム 水星の魔女 スレッタ・マーキュリー 色分け済みプラモデル


 実は僕はアニメオタクなので、もちろん富野由悠季監督のスーパースペシャル面白いアニメは楽しいけど、それはそれとして他のアニメも見るので富野監督が作ってないアニメも面白いに越したことがない、というドクター・キリコみたいな感じです。



 というか、大河内一楼さんが脚本を書いたオーバーマンキングゲイナーは一見して楽しい作品だが、僕はそこにセーレン・キルケゴールの「死に至る病」の絶望理論を投じて14年前(!?)にブログを書いたという実績がある!

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絶望は精神におけるすなわち自己における病であり、そこでそこに三様の場合が考えられうる。
1、絶望して、自己をもっていることを意識していない場合(非本来的な絶望)。
2、絶望して、自己自身であろうと欲しない場合。
3、絶望して、自己自身であろうと欲する場合。

  • アスハム・ブーンの絶望について

前回、「アスハムはオーバーデビルに弄ばれたと知ってからは第三段階の絶望に進んだか?」と、書いたが1週間置いてスタッフが変わったら立ち直ったっぽい。というか、やはり第二段階の「絶望して自分自身であろうと欲しない段階」に安定した模様。

アスハム
「さっきは、オーバーデビルをコントロールしているようなことを言っておいたが…実際のところ、こいつはどこへ向かっているのだ?
まあ、よいわ、東へ向かえばヤーパン、西に向かえばロンドン・イマだと言えばいい。南のときは、中原を凍りつかせるてやる。ハハハハッ」
第23話 復活のオーバーデビル

カリンの心とゲインの力に対して絶望したアスハムは、「自分の目的の遂行のために万能のオーバーデビルを手に入れる」という態度から「万能のオーバーデビルが遂行することを自分の目的にする」ということで万能感に酔いつつ、絶望している。
これはまさしく、自分自身を放棄した姿。
この状態について、キルケゴールはこう言う。

 絶望者が自己自身を閉じ込めていくという形である。彼(彼女)は自らをこの世から隔絶しようとする。それは、絶望して自己自身であろうとすることではなく、自己自身であることを放棄した姿である。世間の内にありながら、この絶望者は孤独であり、「よそ者」である。自分自身の内に閉じこもっているこの種の絶望者は、行為について恐怖を抱く。彼(彼女)が行動しなければならないとき、彼(彼女)はそこに誤謬と後悔の原因をしか見ない。彼(彼女)は、後ろしか見ようとしない。
 だから、彼(彼女)は行動することができない。彼(彼女)の自己は絶えず自己自身の上に戻ってくる。内省ではなく不安が支配する。夢によってかき立てられながらも過度の分析によってすり減らされ、思想において勇気づけられながらも、実践において気後れする。
(その66)

これ、アイシング・ゲートの中の氷の城に引きこもったアスハム・ブーンそのものじゃね?暗黒の白夜とは、今日と明日の間に永遠に引きこもった「停滞」のオーバースキルかな?
なんと、19世紀に既にキルケゴールはキングゲイナーの展開を予期していたんだよ!
な、なんだってー!
この解釈はちょっとアクロバティックだと自嘲するが、私の手持ちの資料ではこのような電波演出(アスハムが消失しながら勝ち誇る)を説明するのはこの理論しかない。
また、このような解釈をしている人が他にいないかと言う事をグーグル先生で軽く調べてみた所、キングゲイナーと死に至る病の関連を語っている人物が一人だけいた。
富野由悠季本人である。

「『キングゲイナー』を笑える楽しい作品にしようと思ったのはどうしてですか」っていうのは、こういうことです。難しく考えていって自分がどれだけ頭がいいかという体験をするのはとても快い体験です。だけどそれは第三者にはわかりません。第三者が喜んでくれる姿を見てると、それは自分の胸にとっても、とてもいいことだと思えるようになってきまして、ある環境・ある状況・楽しさ・嬉しみというのを共有することができます。お祭りのように。ライブコンサートのように。それが、暮らしていく上で、そういうことを、体験をいっぱい積み重ねていくほうが物事を難しく辛く考えていくよりはいいのではないか。まして、テレビアニメ・アニメ・映画・演劇、つまり芸能一般というのは、基本的に人を鬱屈させる機能を持ったものではないはずですから、そのようにあるべきだということをこの数年本っ当に感じていますので、そのようにしています。そのように努力もしています、という言い方もできます。

 自分の考えていることを代弁してくれる作品というのは当然あるわけです。そういう作品が、原理主義的なところに入っていかないものであれば問題は無いとも思うのですが、人間が一人でものを考えているということは、僕にとっては、僕はろくに本を読んでいない人間なんですけどもいつも突き当たる言葉がありまして、ニーチェの「絶望というのは死に至る病である」という言葉(キルケゴールの間違いか?)につながってきますので、一人でいるということに対して、生きている限りそれを避けたい、という努力をしています。「病気が楽しみだ」という悟性だとか感覚があるということも承知しているつもりです。だからこそです。そこに漂う、そこに浮いてしまうのは危険なことだと思っています。まして、自分の仕事を若い人が見てくれているかもしれないという可能性を考えたときに、そのような、大人の偉そうな事情とか都合というものを作品の中に閉じ込めるというのは、これは僕は卑怯だとも思っています。ずるいとも思っています。死ぬまでやるかというふうに思っています。

http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-White/1371/7.html

http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-White/1371/
2002年度上智大学ソフィア祭
富野由悠季講演会「ガンダムから君へ」
日付:2002年11月2日(土)

富野発言は中略すると意味不明になるが、全部引用しても意味不明だが、そもそも意味を分からなくても損をしない俗悪なロボットアニメについての言葉だからなんとも無いぜ。講演会の結びの部分の言葉です。
一応、富野監督はニーチェとキルケゴールを間違う程度だが、キングゲイナー期に死に至る病を意識していた事は事実のようだ。死に至る病の象徴を描くのは、他のスタッフが出したアイディアかもしれないが、「ガンダム者」のインタビューで山本優氏は「富野監督はニュータイプの事を最初に教えてくれなかったから困った。言ってくれたらもうちょっとライターで整理したのに」というから、白富野期になっても脚本家に対する秘密主義は在ったのかもしれない?
また、上記インタビューを読むと、富野監督は「死に至る病という絶望からお祭りによって立ち直る様を描く」事を重視していて、死に至る病そのものを描きすぎると新世紀エヴァンゲリオン的な「病気を娯楽とする」作品になってしまうのではないかという危惧があったのかもしれない。
しかし、、、、チラッとだけ絶望を見せられて説明が無かったら大抵の視聴者はそれが絶望だと気付かないのでは?(笑)やっぱり暗黒の白夜とかは電波描写だよな。

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死に至る病 (岩波文庫)

  • 別に僕はえらくないですけど

 あの、キルケゴールとか哲学書を数冊読んでる程度では学問的にはほとんど意味がないので(専門家は200冊くらい読んでるよ!)、別にキルケゴールとキングゲイナーを結びつけている僕の知性がすごいとか威張るつもりはない。
 ただ、富野由悠季作品のキャラクターの行動原理はこれくらいの古典文学に通じる部分がある。
 オーバーマンキングゲイナーと機動戦士ガンダム水星の魔女の脚本の大河内一楼さんも多分、元編集者としての基礎教養としてキルケゴールくらいは読んでいると思うのだが。

 水星の魔女と富野由悠季作品を比較して、「水星の魔女はキャラクターの行動原理がわかりやすい!富野作品は行動する理由がわからない!だから水星の魔女の方が人気がある!」というコメントをたくさんされた。


 そうなのか?


 お前たちは日常生活をしているとき、コンビニのちょっと機嫌が悪そうな店員とか、自信満々に決算を発表する会社の社長とか、近所の中学生とか、バンドマンとか、俺みたいに働きもせず平日の夕方からふらふらしている精神障碍者とか、そいつらの行動原理のすべてを分かったうえで行動しているのか?


 ちがうだろ!

 わかったつもりになってるだけだ!



 人間はそんなに単純じゃない!もっといろんな考えや状況やとっさの気分やそれまでの蓄積で行動理由は千差万別!だけどフィクションのキャラクターは商品だから、行動原理や考えがわかりやすい方が売れる!ってのは、キャラクターを家畜にすることだ!
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 それにお前たちも自分が行動するとき「自分の行動原理はこんな感じだから~」って主義主張によって決定しているのか?飯を食うときとか、仕事でどの会社に発注をかけるのかとか、どんな服を着るかとか、全部自覚して行動を説明できる人はどれだけいるんですか?僕は結構なんとなくです!



 まあ、行動原理に感情移入して共感するか、あこがれるか、そもそもよくわかんねー異質さに戦慄するか、ジャンルや作品や受け手本人の気分や時代や国によって評価軸は滅茶苦茶変わるので、そのどれが正しいかは、僕は決めませぬが!
アニメーション,折りにふれて


 まあ、なんかこう、共感型の水星の魔女と観察型のGのレコンギスタでは違うと言いたいし、富野ファンの身びいきとしては、それをもってGレコが水星の魔女に劣っていると言われると悲しい…。悲しい・・・・

 とりあえず、Gレコの情報の整理については過去に3回くらい記事にしたので、新しく書くのは控えてこの問題についてはシャットダウンしておく。

 もう読み返すのもめんどくさいからね!リンクだけ貼っておく。暇な人だけ読んだらええ。

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 しかし、まあ、やっぱり、「世界観の正解を知ってそうなキャラクターが言ったことだから、それに従ってるキャラクターの行動は理解できる」とか「勝手に動いてるキャラクターの行動原理は理解できないから糞」とか「変顔してる悪役は悪い奴」って言う人は「自分の考えとかないんか?」ってちょっと嫌いですね。


 とりあえず、行動原理と世界観については4年前にとっくに書いていたので、もうこの話題は終わり!
 以降は無視!

  • ほしい物リスト。

https://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/6FXSDSAVKI1Z
↑グダちん用


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匿名で住所を伏せてプレゼントを送るための、つかいかた
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