玖足手帖-アニメブログ-

富野由悠季監督、出崎統監督、ガンダム作品を中心に、アニメ感想を書くブログです。旧玖足手帖から記事・ブクマを引き継ぎました。


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ベルリの殺人考察第4部第24話A’ 宗教と絶望

  • 放送当時の感想

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  • 目次

「はじめたいキャピタルGの物語」・「ガンダム Gのレコンギスタ」感想目次 - 玖足手帖-アニメブログ-
Gレコ2周目の感想目次 殺人考察&劇場版(パリ) - 玖足手帖-アニメブログ-


  • 前回の殺人考察

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  • 今回は

 バララ・ペオール中尉がユグドラシルで活躍する第24話「宇宙のカレイドスコープ」のAパートからちょいこぼして、メガファウナ部隊の出動まで、と思ったのですが、宗教という非常にめんどくさい話題を書いてしまい、テキストファイルが重くなってしまったので、Aパートの途中の法皇様のシーンまでです。えっと、引用も含めて1万9千文字になりましたね。


 放送当時から「許し」がテーマだと見てきましたが、殺人考察を経てきて、さらにめんどくさい着想を得たので、また長文で申し訳ない。アイーダはベルリを許すが、ベルリが傷ついていた「罪」に対する「許し」はキリスト教的なニュアンスもあると思う。ちょうどNHKヴィンランド・サガキリスト教の父の話が放送されたりしたので、そういう時事ネタでもある。

 と、まあ、キリスト教的なニュアンスもあると言いながら、とりあえず敵が出陣式をするというのは、勇者ライディーン超電磁ロボ コン・バトラーVみたいなスタンダードなロボット物という体裁の流れを作っている。



 下にカメラを送りながらフルムーン・シップの帆、ガランデン、ビフロン、ユグドラシルと順に状況を見せていって、「今回の敵メカはこれ」と、わかりやすさを出している。




 今回の敵メカのパイロットのメガノイドはこいつっていう。


 ここでバララがマニィに挑発することで、マニィが次回暴走する段取りになってる。女同士の嫉妬の力で〜!



 細かいところだけどフルムーン・シップのMSデッキが天地逆になってたり、ユグドラシルまで命綱なしで飛んでいくバララちゃんたちとか、マシンの使い方が面白い。



 カバカーリー命名するマスク。G-ITという名前よりも自分の宗教色を出してくる。

  • 一度殺しだしたらすべてを無に返すまで殺し続ける女神


ある時、戦いの女神ドゥルガーに挑んできた無謀な悪魔がいた。
ドゥルガーは悪魔に腹をたてて、その怒りからもう一つの女神を生み出した。
それがカーリー様。

「あんた、あたしの代わりにあいつ殺しておいで!(激怒)」

戦いの女神から生まれたカーリーは、ドゥルガーの残酷さや強さを凝縮した女神だった。彼女は強すぎて無邪気なので、殺すことが楽しくて仕方ないんだな。
血に飢え、悪魔を殺した後もその殺戮をやめずに延々周りの奴を殺し続けた。
生首をつないでネックレスにして遊んだり。血を飲み干したり。
腰巻は、切り取った腕をつないだものだ。怖いよママン。。
カーリーの暴走は止まらないが、 あんまり強すぎるからほかの神様も打つ手無し。


「なんとかしてくれよ、あんたの奥さん大変だよぅ」
神様たちに泣きつかれたシヴァは、「わかった、私が止めよう」 とカーリーの前にでていった。 何をするかとおもったら、いきなり彼女の足下に横たわった。


夫を踏みつけたカーリーは、ようやく我に返った。
「あ、ごめん」ってぺろって舌をだしたんだそうだ。めでたしめでたし。

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 「クンタラの魂の安住の地、カーバの守護神」と言うだけではない凶暴な神のようだ。すべてが滅びるまで破壊し続けるというのは、宇宙世紀末期の殲滅マシーンっぽさもある。
 というか、カーバ神殿イスラム教のメッカにあるものなので、なんか混じってるリギルドセンチュリーの宗教観だ。スコード教以前の宗教ということだろうか…。スコード教について、富野監督は世界の4大宗教を混ぜたものと言っていたが…。
 カーバ神殿も黒い石を崇め、カーリーも肌の色が黒。
 SF者としてはアーサー・C・クラークの小説「神の鉄槌」に登場した地球衝突小惑星が「カーリー」と名づけられたことを思い出しますね。


 で、ユグドラシル勇者ライディーンの後半の怪獣同士の戦いみたいにテストする間に、ロルッカとミラジが裏切ったフラミニアさんと特に敵対するわけでもなくいる。そして、ユグドラシルがテストして、ガランデンが発進するまでの間に、ロルッカとミラジはクレッセント・シップに移動する。モビルスーツより速い見つかりにくい小型艇でも持っているのか?フルムーン・シップ静止衛星軌道上にいるようだが…。ダーマは盗まれたというチッカラの発言があるので、ダーマとトリニティはクレッセント・シップで運ばれたようだが。


 ロルッカとミラジがレイハントン家についてマスクに何か吹き込んだということはなさそうだけど。ベルリとアイーダも第22話でキャピタル・アーミィのタワーに行ってきたし、ロルッカとミラジからキャピタル・アーミィは完全な敵とは思われてない?トワサンガレジスタンスから見ればドレット艦隊を潰せればいいのか?
 また、ロルッカとミラジがマニィがフルムーン・シップにいるということはメガファウナのクルーに報告したのかどうかも謎。


 まあ、それはそれとして、金星人と月人が去るとルイン・リーマニィ・アンバサダの恋人トークになる。


 金星に行ってきたマニィに対して、ビーナス・グロゥブの気の緩みを洞察するルインだが。割と賢いのだが。ビーナス・グロゥブで宣言をして、トワサンガでレイハントン家姉弟を亡命させたピアニ・カルータがマスクの後見人のクンパ・ルシータ大佐だということは知っているのか?
 マスクのベルリへの憎しみはクンパ大佐に吹き込まれたものというわけでもなさそうだが。
 



 逆襲のシャアチェーン・アギアムロ・レイに「時々怖い声出しますよね」って言う場面に似たようだが、アムロと違ってルインはマニィに触れる。
 しかし、頭を撫でるのでも肩を抱くのでもなく、うなじをつかむというのがなかなか思いつかないスキンシップだなあ。頭をなでたり肩を抱くとマスク大尉がマニィを下に見ている感じになるけど、うなじをつかむのって、対等な感じなのだろうか。ちょっと暴力的でもあるが。あと、マスクはクンタラ差別を許さないマンだけど、自分がイケメンだとわかっているのでマニィの首に触ったり、バララの足を押したりしても許されると思ってる所がある。
 ロマンチックなシーンであるが…。



 和解を即、断る。





 ベルリへの憎しみを増幅させているマスク。クレッセント・シップにベルリが乗り込む18話では「ベルリ君、G-セルフをクンパ大佐に解析させるのだ!」と話しかけていたけど、ベルリが金星に行っている間に心変わりしたのか。マスクはカシーバ・ミコシの法王を救ったり、英雄的な行動をしたけど、やっぱりそれでもキャピタル・アーミィではそんなに認められなくて、ストレスが溜まっていたのだろうか…。




 「ふざけているのか?」はマスクの印象的なセリフ。では、どんな時に言うのか?

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 5話ではクリムのモンテーロが武器を持っていないように見えたエルフ・ブルックを侮って近づいてきたときにマスクは「ふざけているのか」と怒った。


 ここでマスクの性格描写なのだが、マスクは「勝ちたい」とか「得をしたい」とか「戦場で敵に見逃してもらって助かりたい」というより、「畏れられたい」という気持ちが強い。戦う理由もクンタラとして侮られてきたコンプレックスの裏返しで、褒められたくてたまらんから。(褒められたいのはベルリと同じだが、やり方が違う)なので、マスクは戦場で敵が自分を侮ったり自分から距離を取ったら、攻撃されなくて安心、とは思わない。むしろ、「もっと俺とちゃんと戦え!」「俺をもっと怖がれ!」「俺を尊敬しろ!」と敵にも求めている。こういう意欲は普通に勝つことよりも充たされにくい承認欲求なので、マスクの生き方は面倒くさいのだ。

 落下した戦闘しかできないグリモアを画面外上からの掃射で一瞬で撃破しても全く嬉しくない。勝つ上に、勝った相手に尊敬され周囲に畏れられたいという欲求があるので、雑魚を即死させても嬉しくないのだ。
 でも、戦意の無いように見える相手には「ふざけているのか!」とマジギレするし、無人のダミー風船には驚愕して必要以上に破壊する。マスクは感情で戦っているし、やっぱりなんだかんだ言って軍人として慣れてないし学生なんだよなあ。
 弱い味方や死んだ敵には興味がない。
 逆襲のシャアとかもそうなんだけど、結局マスクの「ちゃんとライバルに戦って俺に負けた上で俺を尊敬してほしい」というめんどくさい願望がすれ違い宇宙しちゃうのがGレコの裏の本筋としてはある。ホモじゃん。キンプリのプリズムショーバトルじゃん。でも、なんで腐女子はあんまり盛り上がってないんだろうね?やっぱり彼女がいるからか???キンプリのコウジくんにも彼女は居る。
 ダンバインのショウとバーン、逆襲のシャアもそうなんだけど、達観して世界を見ようとしてる主人公に「世界よりも俺にかまってくれよ。そして俺を尊敬しろ」って絡んでくるホモという体育会系のマウンティングみたいな関係図式が富野作品にはある。


 また、マスクは実際の戦果よりも「相手に自分を畏れさせたい」「戦場でふざけないで自分の相手をしてほしい」という感情が先に来ているし、「クンタラの地位を向上させる!」というファンタジーな動機で戦争に突入している面がある。
 このような「戦争が起これば出世できる」というファンタジーファーストガンダムの1話でも描かれたが、現実のネトウヨや「理想は戦争」と言う人にもある。異世界転生系ファンタジーは富野監督もバイストン・ウェル系で書いているのだが。自衛隊憲法9条で縛られない異世界に行ったら無双できるのに!という願望、リーンの翼で描かれた在日朝鮮人や米軍に対する日本人の鬱屈した感情、現実では複雑に他者と利害関係が入り組んでいるが日本軍が本気を出したら皇軍が勝利して世界に認められるはず!という幻想がある。現実の戦争の火種も割とそういうファンタジーっぽい感情に根差したところがあるのだが、マスクはそれに対する批評でもある。しかし、マスクはマスクなりに(テキストの戦争の批評の道具としてだけでなく)彼自身の人生を頑張って歩いているのだが…。

 と、第8話のマスクの「ふざけているのか?」からの関連を出した。


 マスクがふざけていると思うのは「自分を怖がらない」ものに対して。なので、マニィに対しても口調はやや穏やかだが、「マスクがベルリを殺す怖い人間ではなく、ベルリと友だちになる優しい人間」だと思われると「ふざけているのか?」と言ってしまう。逆襲のシャアのナナイが「シャアは優しいアムロを許せない」と言っているようなものだが、マニィはナナイほど大人ではない。
 キャピタル・ガードの体育会系学校で主席になっても飛び級生のベルリより褒められなかったクンタラのルインとしては、普通に評価されるより「畏怖されたい」という気持ちがあって、畏怖しない人間はふざけていると思う。愛するマニィに対してもその気持ちを出してしまうルインである。


 マスクの角度が能面みたいだということは本放送のときの5話の感想でも書いたけど。まあ、ルインもマニィの言っていることは分かるし、ベルリが完全な悪人ではないということは頭ではわかっているけど、でも許せないという葛藤が見える感じの角度の芝居。

 マニィとの会話はこれで打ち切る。マニィから視線を外しているので、自分が間違っていることを言っていることは薄々感じているけど、殺意の行き先を収めることができない。それで、マニィが逆に折れてマスクの殺意を許して、マニィもベルリを殺す側になる。
 また、クンタラとしてのルイン・リーは「周りに有能だと示し続けたり、畏れさせないと殴られるし殺される」という人生経験からの攻撃性があるのだろう。クンタラでも女で婿探しが伝統の女子校に行ってるノレドやマニィは良い伴侶を見つけたらいいのだが、男のルインは周りを畏れさせないと一生ナメられっぱなしになるので。これは、実力を示し続けないと生活できなかったという富野監督の、ガンダム以前のさすらいのフリーランスコンテマン時代に感じた男の感覚かもしれない。マスクはガランデンに所属していても失敗したら笑われるし。
 ていうか、マスクは法皇様を救出するという英雄的な行動をしたのに、キャピタル・アーミィの旗艦のブルジンに移動になったり少佐に格上げされたりすることもなく、ゴンドワンからの出稼ぎ部隊のガランデン所属のまま、というのが腹立つのかもしれない。それを組織ではなくベルリにぶつけるのだが。まあ、ガランデンがブルジンより多少キャピタル・タワーから外れて動ける立場なので、マスクはフルムーンといち早く同盟できたという点があるのだが。でも、ジュガン司令はクンパ大佐に指摘されても、フルムーンと同盟したマスクのことをそんなに当てにしてないので、やっぱりクンタラとしてナメているのだろう。




 だから、ナメられっぱなしになると死ぬという危機感を持ち続けているルインにとって見れば、家柄も持っているマシーンも最強のベルリの首を取るしか認められて畏怖される道がないと思ってしまうのだろうか。
 ジット団がキャピタル・アーミィと協力するのが地球にレコンギスタする最善策、というのは前回の考察で述べたが。アーミィのジュガン司令はマスクのガランデンやフルムーンとそこまで連携したいと思っていない。ブルジンに自信があるのだろうが。
 なので、太陽風放射能汚染がきつい地域に住まわされて差別されて抑圧されている意識があるビーナス・グロゥブのジット団とクンタラのマスクはキャピタル・アーミィとして、ではなく差別されたもの同士として連携するようだ。





 富野監督は先日の質問会で「人工知能は出さない」って言ってたけど、ハロビーは・・・という感じで、自動で動く的役になったビフロン。ビフロンに戦闘データを入れたのはバララちゃん本人だけど、部下の男に「知るか!」って言うし、マスク以外の男が本当にどうでもいいんだな。あと、MAのコックピットで光がぐるぐるするの、ちょっとエルメスっぽい。



 リフレクターバリアはちょっとG-セルフのコピペシールドに似ている。人型のG-セルフと違って主砲とバリアが同じ砲口から出るっていう欠点があるけど。

 まあ、あっさりビフロンを撃破するが。ビフロンの破片をGIT団のMSが下に落とすのはプラネテスデブリ掃除っぽさがある。フルムーンにはバリアがあるだろうけど。






「ふざけたんじゃありません」っていうのは、ふざけるのが嫌いなマスクのことをよく理解している感じのバララ。マスク大尉のことを私は理解してるのよ、というのを言外にアピールしたいけどマニィに持っていかれるので。

 キングゲイナーのシルエットマシンとか、クレッセント・シップフォトンリアクションとか富野監督は形そのものが機能を表すっていうのが好きなんだけど。そこから外れたユグドラシルがヤバいって感じも演出してくる。回りながら飛ぶし。富野監督、一時期ピラミッドパワーにもハマってたし。



 でも、シャアがジオングが人型でないことに不安を感じる、っていう密会での描写もあるし。
 やっぱり完全な形のG-セルフには負けるが。


 いつもより艦船の塗りが美しい。



 ラ・グー総裁について、表面的に語るノレドちゃん。



 しかし、法皇様は直接会ったことはないけど、ラ・グー総裁が200歳近いという事は知っている。


 ベルリとアイーダはクンパ大佐の正体を知っていても、それを法皇様に文句を言ったりはしない。諦めに近いのか、クンパ大佐も法皇様にいらん事はしないと思っているのか。




 アメリア軍とドレット艦隊が停戦するとは思えないベルリ。それに対して、カシーバ・ミコシをドレット艦隊に返せば停戦ができると言う法皇様。
 法皇様はドレット艦隊にカシーバ・ミコシに押し込められたのだが、そんなに怒ってない。しかし、ドレット艦隊がなんでそんなことをしたのかと思うと、やっぱり宗教的な意図があったんだろう。
 本来、スコード教法皇は年に1回キャピタル・タワーザンクト・ポルトまで上下する習わし。それで、地球人の想像力の限界はだいたいザンクト・ポルトまでだが。カシーバ・ミコシ法皇様を乗せてトワサンガにさらってしまえば、地球人もトワサンガをふわっとした聖地ではなく実態として認識して、トワサンガのドレット艦隊のことも畏怖せざるを得なくなる、という意味合いがあったと思われる。ローマ法王の歴史にはそれほど詳しくないが、日本でも天皇を誘拐して云々という戦はあった。
 ドレット艦隊はカシーバ・ミコシを聖なるものとしてアピールしたかったが、クンタラとして差別されてるし、それを許すスコード教もあんまり好きじゃないマスクはカシーバ・ミコシを単なる輸送船として認識して占領し返したんだろう。クリム・ニックもタブーを無視したり利用するところがあったし。地球よりも先進的に見えたトワサンガだが、法皇様を象徴として誘拐して戦争を優位にしようとしたり、逆にカシーバ・ミコシを返されることで停戦のサインだと思うので、スコード教の縛りはマスクやクリムの世代より、ドレット艦隊は強く意識しているのかも。


 地球人もタブーを無視するし、ジット団のようなものも現れると分かっていたラ・グー総裁。




 レイハントン家のことも知っていたという法皇様。まあ、G-セルフトワサンガで作られてレイハントンコードが仕込まれているということは中盤まで謎だったし。法皇様もベルリとアイーダがレイハントン家の子どもだということは序盤では確信が持てなかったのだろうけど。ピアニ・カルータも知らなかったと言ってるし。(ただ、富野由悠季の世界展でのGレコ企画書ではピアニ・カルータは二人を地球を代表する名家で育てられるようにしくんだと書いてあったので、ピアニ・カルータがベルリとアイーダがレイハントン家の子孫と知らないというのは嘘かもしれないけど)ただ、知ってたとしてもクンパ・ルシータ大佐は物語が始まるまではベルリに干渉しなかったけど。3話ではわざとG-セルフに乗せて逃がすけど。

 法皇様がレイハントン家を知ってたのに特に助けてくれなかったのでベルリはちょっとムッとした感じの視線をノレドに向けて、姉に呼びかけて去ろうとする。ベルリとしては「法皇様にも期待ができないな」と絶望した感じかもしれない。でも、ベルリはアイーダの顔色を見て、怒ったりはしない。


 アイーダさんは自分の人生が流転したことも含めて運命だと受容する。


 ここで、まあ、象徴的だな、と思うのは宗教的な許しの概念のこと。殺人考察を見てきて、前回のベルリがラライヤたちの戦闘行為を制止したり、人を殺すのが自分の義務だけどつらいと思うのは、スコード教を信じているからだ、と思った。
 スコード教は地球人全員に理由もなく天からの恩寵のフォトン・バッテリーを配ってくれる、すべての人を愛する宗教。Vガンダムのマリア主義はマリア・ピァ・アーモニアの超能力に立脚した新興宗教でテロ組織だったけど。(オウム真理教事件の前に富野監督は麻原彰晃が本物だと思っていたのにVガンダムを作るのがすごい)
 スコード教エクソダスするモーセたちにマナを与える主のような感じで、もっと便利な電池をくれる宗教で、新興宗教Vガンダムと違って千年間地球を支えてきた。まあ、アメリア軍とか「戦争をはじめてバッテリーが足りなくなったので盗む」という勢力が出る時代だが。
 また、スコード教は配給はするけど、技術の発展は禁止だし、地球は汚染から回復しつつあるけど化石燃料も枯渇してるっぽいし、フロンティアスピリッツとかマニフェストデスティニーとかがない、未来に希望がない停滞した宗教なので。鬱憤は貯まる。なので、その受け皿としてクンタラをいじめさせる、みたいな卑屈な構造もある。
 だけど、ベルリ君はクンタラ差別を社会改革しようとかはしないけど、加担もしないし、G-セルフという最強マシンに乗りながら「すべての人にはフォトン・バッテリーをもらう人権がある」と思ってるので、敵にも人権を感じる。だから殺人がしんどいし罪ってなる。
 で、キリスト教はまさにその「罪を許す」っていう効能が宗教として人気を集める構造になっているのだが。キリストが民のために死んだので罪は許されたという。日本は八百万の神の国と言われるが、仏教の歎異抄とかを読むと「阿弥陀如来が死んだ後に誰でも助けてくれる事になってると親鸞は思うなあ」って言う感じの一神教的な許しの宗教が人気だったりもする。でも「阿弥陀如来が誰でも許して助けてくれる」っていうのは、オタク的に言えば「設定トーク」なので。「そういう設定になってるから助かる」という設定にすぎない。親鸞自身も「こういう設定にしたけど、実際に死なないとわからんし、死ぬのが割りと怖い」とか言ってる。
歎異抄 (まんが学術文庫)



 でも、リギルドセンチュリーは設定が物理的なバッテリーと、それをもらうために設定されたタブーとして具体的にある世界なので。神々の時代と言ってもいい。
 ですが、その敬虔な教徒であるベルリくんは殺しを繰り返して精神を病む。許してほしいけど、神様はいないし、バッテリーだけがある。
 それで、ベルリくんは天に登れば聖地で何かよいものがあるのでは、宇宙にある海の夢のようなものがあるのではないかと期待して金星まで行ったのだが。ある意味救済を求めていった面がありそうなのだが。
 そもそも、ベルリくんの冒険はアイーダを助けようとしたことから始まったけど、その直後にカーヒル・セイント大尉という聖人を殺したので、その罪悪感がモチベーションの一つである。なので、殺人の罪を意識しながら、なお高潔であろうとするベルリくんの旅路はキリスト教的な受難の要素がある。


 だが、その最高の聖地であるビーナス・グロゥブに行ってみると、そこでも人間同士の戦闘があり、タブーは破られ、宇宙世紀の滅びの技術が拡散される元になっていた。そして、ベルリはそこでもキア・ムベッキというある意味高潔な人物の死に関わって、心が傷つき、「宇宙にこんなものがあるのがおかしい」と、「宇宙にある海の夢」に絶望した。
 しかし、宇宙にあるビーナス・グロゥブのお陰でバッテリーがもらえるので、それがあるのがおかしいと考えるベルリは「世界に絶望する」という段階になる。バッテリーはもらえるけど、それが現在起きている戦争の諸悪の根源でもあり、宇宙世紀という滅びの文化の残滓でもある。なので、キリスト教的に見ると正に、富野監督が「絶望は死に至る病なので、そういう話をしてはいけない」ということの裏返しで、ベルリは絶望に至る。
 セーレン・キルケゴール死に至る病と富野作品の関係では、以前、(11年前!)キングゲイナーの終盤のモチーフが死に至る病と似ているという文章を書いた。
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 死に至る病の対処法であるキルケゴールの「キリスト教の修練」は読者の人に送ってもらったけど、悪いオタクなのでアニメばかり見てちゃんと読書してないです…。
キリスト教の修練


 ダンテの神曲だと、地獄落ちを経て煉獄山を登って、天国の至高天でダンテは天上の純白の薔薇を見て、そこで話がぷっつり終わる。
 Gのレコンギスタは地球の戦争を脱して、タワーを登り、その先の月天を経て、至った金星天で太陽の恵みがバッテリーになるという聖地のロザリオ・テンの真紅の薔薇を見る。
神曲 (まんがで読破)

 で、13世紀のダンテの神曲だと、永遠なるものの白き薔薇を垣間見て、それで神秘体験したので良かったなーって感じで愛を感じて終わる。ダンテが天国に行ったというのは、実際にはベアトリーチェに嫌われ気味で地元を追放されて鬱屈しながら文章を書いてた地球のダンテにとっては妄想である。で、天国に行った後のダンテの行動は描かれない。
 Gレコは天国みたいなところに期待して行ったら、グダグダの戦闘をして人が死ぬのを見せつけられる。そして、真紅のヘルメスの薔薇の設計図が過去に地球を滅ぼした技術のコピーだということとか、天国のようなビーナス・リングで生きている人たちも闘争本能を忘れられないこととか、救いとは程遠い現実にすぎないものを見せられる。
 ムタチオンしてやせ細ったラ・グー総裁は十字架のキリスト的なビジュアルではあるが、別に罪を許してくれる救世主ではない。ジット団のような反逆者について「出るのも仕方がない」と言って、絶望している。ラ・グー総裁はとても高潔だし私利私欲はあんまりなさそうだし200歳近くにもなってカリスマ的にビーナス・グロゥブを統治しているし、その部下のヘルメス財団フォトン・バッテリー配給という事業を粛々としている。だが、その彼らも自らの出自を「宇宙に取り残された絶望した人々」と語っていて、ビーナス・グロゥブは絶望の象徴である。
 ダンテは神曲で神様を見たと執筆した直後、56歳で出張先でマラリアにかかって死んだ。だから、神様を見た後にそれを世のために活かすとかしないで、すごいあっさり死ぬ。
 三蔵法師は唐の太宗に遇されたが、20年近い経典の翻訳作業の途中で死んだ。西遊記では唐の太宗に経典を渡すと、速攻天竺の使者にさらわれて仏にされる。


 ベルリとアイーダは宇宙の果てで絶望している神とも言えるラ・グー総裁に出会い、人殺しの武器をもらって帰る。話が終わらん!
 昔話なら、聖地に行っただけで偉業なのでそこで話は終わるんだが。宇宙戦艦ヤマトもコスモクリーナーを地球に持ち帰ったら終わるし。(終わってたら良かったんだが)機動戦士ガンダムララァの加護を得て勝利の塔のア・バオア・クーを制したら終わるし。(終わってたら良かった面もあるが)(Zガンダムの小説版でアムロニュータイプの神秘体験を講演会してたらカルト野郎扱いされてマスコミから冷遇されるようになった)


 また、神曲との類似点で言えば、凍りついたコンキュデベヌスは地獄の底で凍りついているコキュートスのサタンにも似ている。なので、メガファウナが天国だと思ってビーナス・グロゥブに行ったら、そこは悪魔や巨人族の技術を封印していたのが解かれ始めた地獄だったという。天地が逆転するガッカリ感!


 で、その地獄の底から精霊アイオーン(ジャイオーン)の眷属の悪魔アフラ・マズダーマズラスター)やマスティマジャスティマ)、邪竜アジ・ダハーカ(ダハック)、北欧の巨人ジーラッハ、破壊神カーリー、堕天使ルシファーなどの悪魔が地球に侵攻を開始する。
ユグドラシルとトリニティは悪魔というより概念に近いのだが、メカの機能にはマッチしている)
 その前から地球と月にはヘルメスの薔薇の設計図から蘇った魔女ヘケートや悪魔ジャハナムや魔導書グリモア、エルフ、ケットシームーミン谷の妖怪モラン、妖怪アリンカトなどが争いをしていたのだが。


 富野監督、「真面目にやったら絶滅戦になるからGレコではそれを回避した」っておっしゃってるけど、ネーミング的には黙示録の審判の日とかラグナロクに近い見立てになってないか?


 また、視点をジット団に変えると、彼らは自分たちがネーミングとは違って悪魔だと思っておらず、むしろ救世主的に殉死したキア・ムベッキ隊長の教えを伝導する使徒として自分たちを正当化している十字軍のレコンギスタと言える。
 フラミニアさんがビーナス・グロゥブクンタラのようなもの、といったのもキリストがらい病患者を癒やしたような感じで、ニーチェに言わせればルサンチマン的信仰心。


 そして、視点を法皇様に映すと、法皇様はスコード教やタブーの成り立ちになった地獄の宇宙世紀創世神話が忘れられる時代になり、末法の世が訪れることを知りながら、特に何もせず変わっていく世の中に対処できず絶望していた。ただ、スコード教のルール通り恩寵を配ることだけをしていた。



 そして、法皇様自身の権威もその地元のアーミィから軽視されるようになる。



 監禁されても、座禅しかしてない。



 法皇様はレイハントン家を知っていたので、ピアニ・カルータの事も知っていたかもしれないが、特に何もしない。クンパ・ルシータ法皇様に敬意を表するが、第二ナットのハイヤーンが最終防衛線になるという軍事化を許す。




 そして、法皇様に背教しているかもしれないクンパ・ルシータは自分がヘルメスの薔薇の設計図をプロメテウスの火のように地球人に与えた張本人だが、それで戦争を楽しむ地球人を腐りきっているとして絶望する。
 クンパについては17話で考察した。

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 レイハントン家が滅ぼされるときに、殺されないようにクンパ大佐が地球にアイーダとベルリを捨てたと言うが、ロルッカは逆にレイハントン家の再興のために見つけ出そうとした。つまり、クンパ大佐は地球に捨てた子どもたちに旧世紀の親の世代の因縁から開放された自由な生き方をしてほしかったのだろう。だが、旧レイハントン家の家臣たちは自分たちのレジスタンス活動と復讐のために遺児を錦の御旗にしようとG-セルフで探そうとしたし、そのせいでベルリとアイーダは戦争に巻き込まれた。(アイーダさんは宇宙海賊に率先して入隊していたけど・・・)


 ここで、クンパ大佐の行動と言動を整理してみると、クンパ大佐は意外と善人なのではないか?と思えてきた。


 もちろん、ビーナス・グロゥブで「人は地球で弱肉強食の生活をして種自体を強化するべき」という宣言の「ピアニ・カルータ事件」を起こして、地球にヘルメスの薔薇の設計図を流出させたことは事実だろう。


 だが、ここで重要なのはクンパ・ルシータ大佐は「自分は争いの種をもみ消す為に地球に降りた」と自認していると証言したこと。単純に見た印象だと、ヘルメスの薔薇の設計図をばら撒いたクンパ大佐自体が争いの種に見えるし、実際にロルッカラ・グーなどはピアニ・カルータが騒動を起こしたと考えている。


 若き日(と言っても40代?)のピアニ・カルータは20年前にビーナス・グロゥブで高度な技術を持ちながら、バッテリーを充電するためだけにダラダラと生活して、長寿を貪りながらムタチオンなどする人類の劣化を見て、義憤にかられて「地球で人間を強化すべき」という宣言をするピアニ・カルータ事件を起こしてGit団などに影響を与えた。



 ロルッカ・ビスケスはクンパ大佐個人がひどいタブー破りだと言ったのだが。クンパ大佐だけが設計図を流したのではなさそう。(技術者の密航に手を貸したということはあるだろうけど)むしろクンパ大佐は産業革命を終えてビーナス・グロゥブから独立して太陽光パネルを月に整備するようになって、さらに発展しようとしてヘルメス財団と通じているレイハントン家と争いになったトワサンガの情勢を見て、「争いをなくしたい」と思ったのではないだろうか。


 なぜ、争いが起きていたのか。それはレイハントン家がビーナス・グロゥブと共有しているフォトン・バッテリーなど宇宙世紀時代の技術を秘匿しようとして、産業革命からの発展の機運で経済発展しようと目論んだドレット家を始めとするトワサンガ人に技術や富を独占して人類を支配していると憎まれたからだろう。
 もっと大きな視点で見ると、ビーナス・グロゥブヘルメス財団のもつ強大な宇宙世紀の技術とフォトン・バッテリー生産技術と配給制に対して、トワサンガと地球がスコード教の平穏な教えのために依存しきっていて、技術とパワーバランスが不均衡で、それを嫉妬したトワサンガ人がレイハントン家を攻撃するようになった。そして、レイハントン家を滅ぼしたドレット家は次に環境が回復しつつあるが、キャピタル・タワーからの配給に頼りきりで技術的には弱い地球を狙うレコンギスタをする艦隊を建造し始めた。
 同時に、ビーナス・グロゥブでもピアニ・カルータ事件を受けて、狭い世界で延々とバッテリーを充電してムタチオンをする退屈で不安な人生を嫌って地球を狙うジット団やフルムーンシップなどのレコンギスタの機運も高まりつつあった。


 そこで、どういう風に争いの種をもみ消そうと地球に降りたクンパ・ルシータ大佐が考えたのだろうか?それはおそらく「ヘルメスの薔薇の設計図を教えて地球人の技術力、生活力を向上させて経済的に自立させて、金星や月が容易に手出しをできないような抑止力を持たせる」という作戦だったのではなかろうか。金星や月の勢力が宇宙世紀の技術を使って地球で戦争したら、また回復した自然が崩壊して地球圏の人類が滅ぶし。
 なので、クンパ・ルシータ大佐はヘルメスの薔薇の設計図を地球に流出させる。しかし、同時にキャピタル・ガードの「調査部」の長に就任して、世界中のタブー破りを監視する仕事も始めた。つまり、ヘルメスの薔薇の科学技術は地球人に再学習させて種として強化させるが、クンパ大佐が望まない戦争や悪いことに技術が使われそうになると、それは調査部の権限で取り締まる。という両面作戦。そういう啓蒙活動を理想を持っていたクンパ大佐は行おうとしたのだと思う。


 おそらく、クンパ・ルシータ大佐が望んだのは地球人に戦争をさせることではなく、むしろ民生技術の向上によって地球人をスコード教の依存から開放させる、経済的自立と自己決定力を持たせることだったのではないだろうか。理想主義者だったピアニ・カルータは過去に作られたブラックボックスの科学技術に囲まれて惰性で生きて甘えて劣化する金星の人類がすごく嫌だったので、自分で科学とか物事を考えられる強い人類を再生させたかったのではないだろうか。ピアニ・カルータ事件での弱肉強食での強化とは単に戦争だけを意味するのではなくて、技術競争という意味だったのかもしれない。


 ピアニ・カルータ大尉、いい人だったのでは?


 しかし、地球人はピアニ・カルータの想像を遥かに上回るアホだったので、地道に民生技術を高めてインフラを整備して生活力を少しずつ上げていくより、フォトンバッテリーの手っ取り早い奪い合いの戦争による、楽ちんで利己的な経済発展をやりたがった。そして調査部でも取り締まれない規模で大陸間戦争やキャピタル・タワー襲撃などをやる軍隊を作ってしまった。アメリア帝国のニューアークの景色を見ると宇宙世紀の遺物であろう高層ビルが崩壊寸前で樹海に飲み込まれつつあるのに、ズッキーニ・ニッキーニ大統領は都市を整備するより先に宇宙戦艦をじゃぶじゃぶ建造してしまう。あと、サラマンドラの末路を見るように、科学技術の基礎研究や仕組みの考察などはほとんどの地球人はやらずに、設計図通りになんにも考えずに作ったらMSや戦艦が作れるので、そこで思考停止してブラックボックスの機械を弄ぶようになってしまた。
 なので、クンパ・ルシータ大佐は最初は理想主義者で啓蒙主義だったのに、なんにも考えずに戦争をしたがるだらしない地球人を憎むようになってしまった。また、大局的に技術を使って地球の文明を復活させるのではなく、戦場を実験場にして技術の社会的影響力を考えずに、軍事力の発展ばかりを目指すようになった技術者や専門家の一直線な思考も嫌悪するようになった。

  • 絶望と狂気の大人たち

 Gレコの世界、支配階級の老人たちは絶望しながら世界を運営し続け、30代40代50代の中堅の男たちは戦争を面白がって狂気の戦争に技術を投入する。その中で、主人公たち10代の若者たちは絶望にも狂気に対しても戦っていかねばならんのだ。



 劇場版まで後2週間を切って、残り2話?行けるか?
 しかし、24話は話の構造としては単に「巨大メカをみんなでやっつける」という話なのだが、うっかり宗教の話を始めたせいで午後10時から書き始めたのに午前六時になってしまいました。その間にアイドルマスター天海春香役の中村繪里子さんは僕と同い年なのに結婚してしまい、世の中は変わっていくのですが。(晩婚と言えば晩婚だけどおめでとうございます)
 僕はまだ24話のAパートの7割くらいしか書けていない!なんで俺はこう、後手後手に回るというか、動きが遅いのか!
 日中も起きて執筆し続けてもいいのだが、パソコンも重くなってきたし、精神の病院に昼に行かないといけないので寝たい。いや、下手に寝ると病院の予約に起きれない?うわーん!やっぱり宗教の話題は難しいニャン!
 そもそも、僕は大学が理系だしアニメーターでもないので、こういう語りは下手の横好きにすぎないんだよなあ…。かと言って理系の専門職の就活には失敗したのだが。はぁ。
 病院に行って少し寝たら続きを書きます。

  • 布教活動



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